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風の吹くまま、気の向くままに

45歳の独身男が感じるままに日常の出来事・ニュース・スポーツ・旅等あらゆる事柄について書き綴ります。

今年も8月の戦争関連の慰霊、日航機墜落事故の慰霊が

終わり、昨日8月16日は実家で送り火にも参加した。



今年は戦後70年、日航機墜落から30年という

節目の年でもあった。



ブログにもその都度テーマに沿ったものを書こうと思ったのだが、

今年はまだ靖国神社と千鳥ヶ淵へ行くことが出来てない点と、

少々テレビで戦争にまつわる番組を見すぎてしまった点が

原因している。




迎え火には参加できなかったが、御霊たちは暑すぎる

日本のお盆をゆっくり堪能できたのであろうか。

暑さに増して、世相も安保法案やらチャイナの問題やらで

本当に喧噪が響いていた2015年のお盆だったのでは

ないだろうか。




そして、御霊が帰った今日は神奈川県は所々大雨で、

いつもよりは涼しくなった。



今年も8月が来て6日が過ぎ、
9日も過ぎた。


戦後70年を経ても戦争や紛争は
収まることはないが、いまだに
核兵器が使用されたことない。


それだけ広島や長崎の被害が
凄惨なものだったからであろう。


さらに放射能を浴びたことが
原因となる原爆症は70年を経ても
被爆者を苦しめている。


戦争の勝ち負けではなく、
核兵器を使用したアメリカは
やはり無条件に悪い。


これまではどうして日本は8月9日を
迎えるまで終戦を決断できなかった
のか、疑問に思っていたが、実は
原爆の完成によってアメリカの
トルーマン大統領の原爆投下の意向が
強くなり、終戦を先延ばしにしようと
意図的されていたのがテレビ番組で
放送されていた。


巧妙なのは日本をはぐらかすために
ポツダム宣言の署名をソ連のスターリンに
させなかったということまでしている。


もしスターリンがポツダム宣言に署名を
させていたら、日本はソ連に仲介を
望めないと感じて早々にポツダム宣言を
受諾することを怖れたのだ。


こうした思惑で被爆した方々の事を
考えると何ともやるせない
気持ちになる。


今日は8月11日、1945年の日本は
まだ終戦を決断出来ないでいたのだ。







今年も暑い夏がやってきて、いつの間に
やら8月に突入していた。



毎年同じような話をしているが、
日本にとって8月ほど切ない思いの
する月はない。


元来、日本には御盆という
風習があるが、この8月に
太平洋戦争終結と日航機墜落の事故が
起きたのは偶然なのだろか。


特に今年は戦後70年という節目の
年でもある。


帰ってくる御霊を迎えながら、
今一度平和について考える月間に
なるだろう。









2015年7月も今日で最終日。


7月はさっぱりプログの更新が出来なかった。


スケジュールに暑さ・・・
言い訳をし始めたらきりがない。


書くことはいっぱいあったのに、
なかなかスマホに向けた指が
進まなかった。


今日も一日何が起きるかわからないが、
7月の穴埋めのためにもう一つ
更新出来たら良いのだが・・・。


月初に7月という記事を保存して
から既に7月の半ば近くに
なってしまった。


梅雨明けはまだ先になると
思うが、下旬にはおそらく
夏空が現れるはずである。


いや梅雨前線や台風がいなければ
夏はすでに来ているのだ。


昨日も日曜日で休日だったが、
自宅が暑すぎてクーラーを
入れるか、入れまいかでかなり
思案したが結局午後から日が落ちるまでの数時間入れてしまった。。


これで梅雨明けしたらと・・・
考えると末恐ろしい気分になる。


とにかく熱中症と夏バテしない
ように注意するしかないようだ。