こんにちは![]()
横山真弓です
初めましてのかた、プロフィールはこちら 
今日は、昨日でニューヨークのテロから20年私が感じたことを書いていきたいと思います
私は、毎年9月11日が来ると思い出すことがあります。
テロがあった20年前、私は友達と旅行でアメリカのラスベガスにいました
英語が話せない私達は、まさか同じアメリカでテロが起きていることなどつゆ知らず、いつも通りホテルを出て観光していました
でも、なぜか行く施設全部閉まっているのです
英語で説明して下さるのですが、私達には
ノーしか分からなくて
当時は、まだテロと言われても言葉自体を知らないので何のことやら?!と…
友達と、何で今日は全部閉まってるんだろうね?とのんきに散策していました
いつもなら、通りはたくさんの人で溢れかえっているのに、歩いている人もいつもより少なかったのです
町に設置されてるテレビには、人だかりが出来てて外国の方は熱心にテレビを観られてました
私達ときたら、あーっどこかのビルで火事が起きてるねぇ!と、のんきにテレビを観てました
あの火事が火事ではなくテロだと言う事を知ったのは夕方でした
日系人の方が経営されてるお土産屋さんに立ち寄り、ようやく日本語でテロでニューヨークのビルに飛行機が突っ込んだと
アメリカの飛行機は、全部止まっていてアメリカは出入国できないよ!と聞いて事の重大さに驚いたのでした
私達は、明日LAに飛行機で移動することになっていました
でも、何はともあれまず実家に電話しないと
日本に電話すると、連絡のつかない私の事を両親は心配してるし、会社からは実家に電話掛かってきてるしで大変なことになっていました
言葉が通じないって本当に怖いことですよね
こんなに大変なことが、この国に起きてるのに私達は、脳天気に観光なんかしたりして外を歩いていました
当日、他地域に移動することになっていた、新婚旅行で来られてた方は、その日にチェックアウトして移動しないといけないけど、飛行機は、飛んでないし英語は話せないしで大変なことになりJCBのラウンジに駆け込んで来られていました
延泊したくても、英語が話せないし
ラスベガスのホテルは、毎日満室で人気ホテルは延泊ができない状況でした
今みたいに、スマホがあれば何とでもなっただろうけど当時はガラケーで、おまけにメールさえ繋がらない
私達は、たまたまJTBのツアーで来ていたので翌日の移動はチャーターしてくれたバスで6時間かけてLAへと無事に移動できました
ただLAに移動できてもまだ飛行機は止まったまま
空港が再開される様子もなく、少し焦ってきました
本当に日本に帰れるのだろうか??
ちょうど私達が帰る予定だった日に、空港が再開されましたが、それまでに帰る予定だった人達が帰れてないのでその方達が優先になり、どんどん延泊となり、毎日空港に行って、キャンセル待ちをして、乗れなくてホテルへ帰って来る
みたいなことを繰り返していました
結局は3日ほど延泊してようやく飛行機に乗れました
空港では、警備が厳しくスーツケースには鍵をかけるなと言われ、搭乗検査も念入りにされて、無事に日本へ帰れるのか?ドキドキしながら飛行機に乗り込みました
何気ない日常の有り難さ
言葉が通じる有り難さ
命は永遠ではなく、ある日突然終わらないといけないこともあるんだなぁと色々と考えさせられた13日間でした
なので、この9月11日は私にとって初めて命について、深く深く考えることになったきっかけの日でもあります
この日のテロでアメリカの方達だけでなく、たくさんの日本人の方も亡くなられました
ご遺族の方にとっては、20年経ってもまだ悲しみから抜け出せない方もたくさんいるかもしれません
一瞬にして、奪われたたくさんの命
戦争など知らない私に、命の大切さを考える機会を与えて頂きました
心よりご冥福をお祈り致します
今日もお読み頂きありがとうごさいました
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