意味ない日々が続いたから その一部だったと割り切るしかない



なんの思い出でもない
俺にはまだ途中でしかない

もう会えない




荷物は重たくなったら
降ろればいい

要らないものから置いていけばいい

その他大勢に紛れた俺ならくしゃくしゃにして捨ててくれていい





好きだとか嫌いだとか

それ以前に

忘れてくれていい






俺は狡いから、
後から忘れます











ヤバいっす



風邪ひいてからと言うもの、喘息と併合して苦しくて寝てねぇ




あー、仕事してなくてよかった ってのは



ただの負け惜しみ


あ、今更ですが仕事辞めました
親父お袋ゴメンよん







だって病気辛いんだもの

これが怠惰だと言うならそれでもいーっす



病気、闘病、副作用、日常、お金、仕事、人間関係、恋愛、欲



色々な漢字に頭を圧迫されてます




どうなる?これから



とりあえず月曜日『原因不明の呼吸困難』についてはCTで診てもらう予定
21時12分ナースコールが鳴った。
『ちょっと足が痛えから来てくんねぇかねえ』

『わかったちょっと待ってて』







『なんか辛い事があったんだんべ。今いくつだいあんたは?23ったらそらぁ悩む時期なんだんべ。あたしは3つん時親父さんが逝ってるから。金稼ぐのぁ………容易じゃないねえ。それ学んだんだらそれだけいいこった。あんたは根性が優しすぎたんだねえ。まぁ次があんだから泣くのよしなさいな。』


それが21時。

20時に介護の仕事をやめることを告げた。
この人は明らかな認知症だったから全て話せた。
俺は小さい人間だと思った。
でもそれも見透かされてると感じた。


20時以降、これ↑を含め頻繁にナースコールで呼び出された。


『足が痛い』
『電気がつかない』
『お腹がすいた』
など。



その度同じ話をされた。



何度も励まされた。





最後はゴメンと言って部屋を出た。
何のゴメンかよくわからなかった。



パーキンソン病、
悪い足でドアまで送ってくれた。



握手でバイバイと言った。



彼女は認知症、『また来てね』と言われた。

泣きながら
『うん』
と答えた。


ゴメン、バイバイ。