3年ほど前に、それなりの自分の人生経験から、生きることに慣れてきたなぁと思った時期がありました。
なので、今まで興味を持たなかったことやめんどくさい、または嫌いだからと避けてきた事にもちょっと目を向けてみようと思いました。
「人生の経験に、意味の無い事などない」あるいは、「意味の無い人生など無い」等という事を目にすることがあると思いますが、自分の経験上では「確かにそのとおり」と思い始め、今ではそれはあたりまえと感じています。
なので、そういったことの中にもなにか感じることがあるだろう、または感じることの出来る感性に成長したということなのだろうと、挑戦しました。
そういう日々の中で人間関係を築いていた時、人間不信に陥るようなことが起こりました。まぁひとことで言うと「裏切られた!」ということです。
それでも人間関係を断ち切ることなく、つきあってきましたが、自分に突きつけられたテーマがありました。
人は誰でも自分の考え方を基準に、物事を捉えると思いますが、私は人の心を踏みにじるようような行為は絶対に許せない!と思っていました。
自分の中ではありえませんから、当然そのような行為をする人を信じれませんし、普通に社会生活を送ることなど考えられません!
・・・ですが、実際には調子よく、人当たりがよく、さもそんなことはたいしたことではないとばかりに、平然と生活しているのを目の当たりにしたのです。
なにか釈然としない、もやもやとした気持ちが続きました。
なぜ、そんなことが出来るのか?なぜそんな調子のいいだけの人間を社会は許しているのか?・・・と。人の道を踏み外したのだから、それなりの報いを受けなければ、気がすまない!と思いました。(今、振り返ると。)
つまり「そういう人たちが現実にいて、一緒に生活している。」ということを認めなければならないことを突きつけられたのです。
飲み込むのには、それなりの長い期間を必要としましたが、ようやく最近になり、人にはそれぞれの真実(性質や経験則)があって、それゆえの経験からまた学んでいくということなんだろうか?と思い始めました。
はぁ==3、十人十色なんですねぇ┐( ̄ー ̄)┌
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