感動しました、オリンピック。
昨日から観ていますが、
本番で成功する人、失敗してしまう人それぞれだけど、
その一瞬のためにどれだけの努力をして、
どれほどのものを犠牲にしてきたのかを想うと、
結果がどうであれ、
その瞬間の儚さ、
試合後の汗と涙に交じった表情の輝きは他に例えようもなく美しい。
だからみんなオリンピックに夢中になるのでしょうね。
そしてそんな感動も冷めやらぬうちに、
記者が彼らに向ける質問は「今後のこと」。
4年という月日は、人生を180度変えてしまうほどの力を持つ時間だと思うし、
その判断基準は、年齢、体力、競技以外の大切な何か等様々でしょうが、
そんなに簡単に決められることではないですよね。
世間は「まだやれるのではないか」「もう充分なのではないか」等色々と言いますが、
結局は今の自分の中で、何が一番大切なのか、
長い時間をかけて決めることなのでしょう。
そう、これが恋愛によく似ていると前から思っていました。
というか、自分に例えるとこういう大きな決断が恋愛ぐらいしか思いつかないからかもしれません。
前の記事でも書きましたが、
過去に困難を抱えたつきあいを継続するかどうかの決断を迫られたことが何度かありました。
その時「困難を一緒に抱える辛さ」よりも、
「彼を失うことの辛さ」に耐えられないと判断し、
つきあいを継続することを選んだこともあります。
選んだ後も、別れ際に幸せなキスをした直後にため息をついて、
「私何やってるんだろう」とむなしくなったこともあるし、
困難を一緒に抱える辛さを相手に悟られて苦しめてしまったこともあります。
こないだうちに来てくれた友達が言っていました。
「会い続けると苦しくなると思うし、その気持ちは絶対相手にも伝わる」と。
彼女は以前浮気を許した相手とつきあい続けることを選んだことがあるので、
その経験上での話だと思います。
でもこうも言っていました。
「結局は自分がどうしたいかだけどね」と。
そう。
一般的に見ても「もう別れた方がいい」と思われたり、
「そんな人どこがいいの?」と思われても、
その時の自分にとって一番大事にしたいものを選んだ決断だとしたら、
結果的に別れを選ぶことになったとしても、
途中悲しい想いをたくさんすることになっても。
その時間は決して無駄にはならないし、
この人の成長にとって必要な時間なんですよね。
世間の意見はきっと正しいことが多いんだと思う。
少なくとも幸せになれる確率が高い方を導いてくれていると思う。
だけどその選択に自分の中の「決意」がないと、
結局は逆の道を選ぶよりも、幸せへの回り道になってしまうこともあると思います。
心の声に従い、
今の自分が本当に求めていることを熟考して決断すること。
そうして選んだ道には自分にとっての正解なんですよね。
そう考えると私の心の声は、
彼に話したことが全てでしょう。
「そりゃこのまま会い続けたいし、その方が楽だとも思うけど、それはお互いにとってよくないと思う」
「私は私のことを100%想ってくれている人とつきあいたい」
きっと答えは出ているけど、
今の迷いや苦しみは、
その決意を固めるための時間なのでしょう。
私の恋の「引き際」はいつになるのか、
この週末も引き続き熟考します。