東京貧乏宇宙人の生活

東京貧乏宇宙人の生活

今ボクはベッドの上にいる。どうしようもない寂しさで押し潰されそうだ。

急に目の前にボクそっくりの男が現れた。

そのボクがボクに向かって言うんだ。              

チキュウハワタシガノットッタ

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電車のなか。


こちらを見つめる一対の瞳。



そんな目で見ないでくれ。
お前がそんなに怖い目してたなんて知らなかった・・・

そんな奴じゃなかっただろ!

まぁ確かに俺も悪いよ。

いつも記念写真頼まれてストレスがたまってる君に、彼女とのツーショット写真撮ってもらおうとしたんだもんね・・・


でも・・・それにしたって!





頼むよ・・・殺さないでよミッキー・・・







その大きい耳、切れ味すごくいいんだってね・・・それで殺すつもり?












うわっ!!目覚めた!!!

ああ・・・死にそうだ。


私は今ベッドに寝転びながら、ふと思った。

自然と私の頭の中は「死」の一文字に、侵されていた。


この一週間、ほとんど同じことの繰り返しだ。

朝起きる。家で時間をもてあます。それに耐えられなくなり家を出る。

とはいえ、行く場所はいつも行く場所。新宿に行っても、池袋に行っても、

行きたい店は決まっているんだ。


新宿や池袋に行く途中にも、一昨日にも行った店で何を見ようか考えている。

馬鹿らしい。私はつまらない人間だ。

新しい場所へ行こうと思い立つこともない。


家に一人でいることに耐えられなくなり、外へ出たはずなのに、

孤独とは違う、しかし、とても身に染みる寂しさを感じている。

周りにいる友達と馬鹿みたいに騒いでいる同年代の人間がそうさせるのだろうか。


私はこんな風に生きている。孤独に寂しさを塗りつけ、寂しさに孤独を塗りつけ、

それでもって、なんとか気を紛らわせている。


夜ベッドの上で一人になると、いつも考える。私は孤独の海に漂っていて、

その底まで沈み、もう上がることができないとわかった時にしか、

眠ることはできないと。






今日は一日アルバイトをしていた。とても忙しかった。

私は自分のことなんて考える暇もなく、次から次へと押し寄せる仕事の波を、

必死でかきわけて進んで行った。

気がつけばベッドの上、今日は疲れた。もう寝よう。





気がつけば孤独、気がつかなければ孤独でない。

思考の罠。


私は都会の喧騒の中で生きることしかできないようだ。

今日は音楽について書いてみたいと思います。


ただ自分の伝えたいことを、声に出して喋るだけじゃ、なかなか伝わらない。


でも、全く同じ言葉でも、音楽にのせて、リズムにのせて歌うと

不思議と自分の中に、スゥっとはいってくる。


染み込んでくるって感じ。









でも


今日の夜テレビ見てたら、YMOのライブやってて

それ見てたら違ったんです。


たまたま聞いたその時の曲は、歌詞がなくて

唯一言葉として曲の中にあるのはタイトルだけでした。


そのタイトルは「Thousand Knives」


そのタイトルと音の連なりだけの曲だった。


音だけなのに、聞いている人には、言葉として何か伝わってくるものがあるように感じた。

ただ「気持ちいい」とか「また聞きたい」とかじゃなく、


彼らが伝えたいメッセージみたいなもの

「僕らは平和を願っているんだ!戦争なんかしちゃいけないんだ!」

って言われてるような感じだった。音だけだったのに。

そういえば、




この前ルミネのトイレ行った時





隣で手を洗っていた人がいて





よくよく見ると





COWCOWってお笑いコンビの伊勢丹の紙袋の方の人だった






鏡のところにカバンが置いてあった






そのカバンの柄は伊勢丹の紙袋と同じだった






芸人って大変。
「安楽なくらしをしているときは、絶望の詞を作り、ひしがれたくらしをしているときは、生のよろこびをかきつづる。」

処女作品集「晩年」の「葉」の中の一文だ。

これを読むとなんだか救われた気持ちになる。
どんなに落ち込んで、ネガティブになってても、それはまだ自分が安楽なくらしをしているからなんだ、って思えるじゃん。





太宰治は「晩年」を書き終えたら、自殺するつもりだったんだって。
だから「晩年」っていうタイトルなんだってさ。


ってことは太宰治はこの作品集で、生のよろこびを書きつづろうとしたのかな。

だとしたら、
太宰治ってとっても暗い人だったイメージが強いけど、
死ぬ前に、生のよろこびを世の中に伝えようとしたとっても前向きな人だったのかもね。