新しいピグ。
残念ながら遊べませんでした。
僕の拙い頭ではどうしてもピグにイン出来ず、
色々手を尽くしたのですが無理でした。
そもそもパソコンからは遊べないのかな?
絶対無理なのに無駄な努力をしてたのかな?
だとしたら無学人間の愚かの極み。
今はもう完全に諦めました。
いつかパソコンからも入れるようにしてもらえたら、
そんな淡い期待を持ちつつ今は待つしかありません。
期待が大きかっただけにショックも大きいのですが、
こればかりは仕方ありませんね。
どのみちスマホで遊ぶつもりはありません。
元々スマホを持っていませんが、
仮に持っていたとしても遊びで使うことはありません。
ピグはパソコンから遊ぶものだと思っています。
少なくともスマホ用ではないと感じています。
だから今回のスマホ用ピグは僕には相容れないものでした。
新ピグを六年ほど待ったのかな。
その挙句今回のような顛末でしたが、
まぁ、仕方ないですね。
ここは潔く諦めることにします。
したがって、新ピグに僕はいません。
もし僕なんかを楽しみにしてくれていた方がみえたなら、
残念ながら僕はいないのでお許しを。
でも、待ちに待った新しいピグの世界。
少しでいいから覗いてみたかったなあ。
それだけが心残りです。
この先は読まれなくても結構です。
暇なジジイの拙い思い出話。
読むだけ時間の無駄なので。
BGMにお使いください。
画像は最悪ですが音楽は素敵です。
GWかぁ。
この時期になると思い出すことがある。
僕が小学一年生のころだったかな。
極貧だったあの頃。
まだ親父は生きてた。
公務員だったんだよね。
今は民営化されたけど当時はまだ電電公社だった。
その電電公社に20年近く勤めていた。
でも、金遣いが荒くてろくに給料を持って帰ってこなかった。
多額の借金もあったらしく取り立てが来たこともあったとか。
当然家には金が無くて、
お袋が班長として近所から集金した町内会費。
親父はこれまで取り上げては遊興費に充ててらしい。
まさに人間のクズ。
お袋は工場に働きに出てたけど、
昼食に出されたマルシンハンバーグが美味しくて美味しくて、
あの味が忘れられないって言ってたっけ。
当時の我が家は銭湯に通ってた。
でも、お袋の下着は穴だらけでボロボロだった。
「銭湯ではあれが恥ずかしかった」と言ってたのを覚えてる。
食うに困ってるのに下着なんか買えるわけがない。
本当に辛かったと思うよ。
それでも僕ら兄弟にひもじい思いをさせたくなくて、
決して飢えることだけはさせなかった。
でもね、当時の僕ら兄弟はとても痩せてた。
やはり栄養が足りてなかったんだと思う。
他の子供たちがおやつを食べていても、
僕ら兄弟には無かった。
友達がお菓子の味の話をしていても話についていけなかった。
食べたことがないから味がわからないのだ。
ほどなくして親父は19年勤めた公社を辞めてしまった。
あと一年我慢すれば恩給がついたらしいのだが、
その手前であっさり辞めてしまった。
以後、僕ら親子は経済的にさらに辛酸をなめることになる。
親父は民間の仕事が続かず、転職を繰り返す。
僕が小学校を五回も転校したのはこのせいです。
親の仕事の都合で引っ張りまわされた。
転校後、友達が出来かかるとまた転校。
元々が引っ込み思案な性格。
なかなか友達が出来なくて寂しい思いもした。
GWになると思い出す出来事。
小学一年生のころ、知り合いからお年玉をもらった。
でも、このお金がとても大事に思えた。
簡単に使ってはいけないと感じた。
だから、小さな入れ物に貯金。
だが、決して貯金箱には入れなかった。
普通なら貯金箱に入れるよね。
僕だって貯金箱に貯金してたときがあった。
しかし、そのお金を親父に取り上げられたのだ。
ある日、貯金箱が空になってた。
後で聞いたのだが、親父が持ち出したらしい。
さすがにたまりかねて文句を言ったが、
返ってきたのは気絶するほど強烈なビンタだった。
それ以来、貯金箱にお金を入れることはなかった。
代わりに名刺入れの箱みたいなのに貯めてた記憶がある。
でも、貯金と言っても子供の貯める金額などたかが知れてる。
お年玉だってせいぜい五百円程度。
それも百円玉、五十円玉、十円玉などゴチャゴチャ入り交じり。
重いだけで金額は大したことなかった。
GWのある晴れた日。
お袋と散歩に出かけた。
連休とはいえ貧乏すぎて旅行になんか出かけられない。
だから、せめて気分だけでも味わおうと少し遠くまで散歩した。
子供はね、親と遠足気分で歩くだけでも楽しかった。
新緑の香りに囲まれてるだけで幸せだった。
昔は自然が多くて、小川のせせらぎやバッタなどの小さな生き物。
それらと触れ合うとウキウキした。
途中、駄菓子屋を見かけた。
きっと親なら何かを買ってあげたいと思ったことだろう。
でも、とてもそんな余裕はなかったんだと思う。
今思えば余計なことをしたと思うけど、
僕は大事に持ち歩いてた名刺入れから貯金を全額お袋に渡した。
このお金で駄菓子屋で遊ばせてくれと。
当然、親ならそんなもの受け取れない。
受け取れるわけがない。
でもね、お袋はそれを受け取った。
その時のお袋の気持ちを考えると今でも胸が痛くなる。
当時の我が家はそんな小銭を頼るほど困窮してた。
子供の大切な貯金を受け取らなければならなかったお袋の気持ち、
きっと切なくて惨めだったことだろう。
駄菓子屋で遊ぶには五百円は大金。
通常は10円あれば結構遊べたんだよね。
だから、散々遊べたよ。
お菓子もたくさん食べれた。
まさに夢のようなひと時だった。
それでも全額使いきれなかった。
半分も使えなかったんじゃないかな。
残ったお金はもちろんお袋に渡した。
たくさん遊んだからもう十分。
本当に十分だったの。
だから、残りはお袋に使ってほしかった。
純粋に親に喜んで貰いたい気持ちだった。
お袋は複雑な思いだったろうね。
大事な小遣いをもらわざるを得ない情けない親……
まだ若い両親が揃ってるのにこの体たらく。
僕はGWになると今でもこの時のことを思い出す。
その後、借金を残して親父は死んだ。
お袋は二人の子供を抱えて必死に働いた。
頑張って借金も完済した。
猛勉強した兄貴は国立大学に入れると太鼓判を押されていたが、
家庭の事情で高校を出て就職した。
意外にも親父と同じ電電公社に公務員として。
やがて電電公社はNTTになる。
兄貴の結婚式にはNTTの偉い人が来賓として来てた。
その人らが兄貴を将来のホープと褒め称えてた。
本当に期待されてる様子が伺えた。
兄貴は親父が死んでから本当に勉強してたもんな。
毎日徹夜して頑張ってた。
長男の自覚に目覚めたんだよね。
貧乏を骨の髄まで味わってるだけに、
その頑張りは半端じゃなかった。
両親の挨拶の時、嫁さんの親は両親揃ってたのに、
こちらはお袋だけ。
一人ポツンと立つお袋がなんだか寂しそうだったな。
本来は電電公社の先輩でもある親父も一緒に並んでほしかったのに、
先に逝ってしまった親父は本当にどうしようもない!
つい愚痴ってしまった。
その後、
歳を重ね、僕ら兄弟も大人になった。
今度は僕らがお袋にお小遣いをあげる番だ。
でもね、
お袋にいくらお小遣いをあげても自分のために使わないの。
すぐに僕の物を買おうとする。
僕の服、僕の靴、僕の下着……
これじゃあお小遣いの意味がない。
僕は自分の物なら自分で買うからお袋は自分の欲しい物を買ってくれ、
そう言って叱るのだが一向に聞かない。
嬉しそうに僕の物ばかり買う。
ひょっとして……
僕が小さい時、
親として何も買ってやれなかったこと、
貧しくて満足に食べさせてやれなかったこと、
それがずっと心の蟠りとして残ってたんじゃないのかな。
だから、お金を持つとつい僕にばかりお金を使う。
それは無意識の行為だったかもしれない。
でも、本来親としてやらなければならなかったことを
遅ればせながらやり遂げようと……
その思いが僕に買い与えるという行動に走らせたのかも。
お小遣いをあげるといつも机の上にお菓子が積みあがってたもんな。
こんなに食べれるわけないのに……
だけど、お袋は嬉しそうだった。
自慢気にお菓子の説明をしながら一緒に食べたっけ。
僕の食べかけのお菓子の袋に手を突っ込んで味見。
色々なお菓子を幸せそうに食べるお袋の顔が目に浮かぶ。
一時期、お金をあげるのがダメなのかもしれないと思い、
物を買い与えたときがあった。
冷蔵庫、テレビ、電子レンジ、ガステーブル、洗濯機etc
電化製品を中心に必要と思える物を買った。
でも、お袋は喜ばなかった。
自分で何かを買って相手に喜んでもらう、
お袋はそれを無上の喜びとしてたのかな。
僕はまるで興味を示さないお袋を見て買い与えるのはやめた。
どうやら僕のやってることは間違ってたみたいだ。
やっぱりお小遣いを渡すのがいいみたい。
自分の金で何かを買い与えて相手に喜んでもらう、
そうすることが嬉しいならそうさせてやろう。
結局それが一番の親孝行なのだろうと思ったから。
今も去年の引っ越し時、
唯一残したお袋の服を見ながら思いに耽ってるところです。
さて、今夜は何を食べようかな。
アジのフライでも食べるか。
この冬、食べるものも量も変わらないのに、
体重だけがどんどん増えた。
食べる量を減らしても増えた。
なぜかわからないけど日増しに増えていった。
どれだけ増えただろう。
たぶん6㎏は増えたと思う。
原因がわからない。
なにをどうしても増える。
だったら勝手に増えればいい。
もう余計なことを考えるのはやめた。
なるようになればいい。
これからはあまり我慢をしないで好きにやっていく。
正直、疲れたんだよね。
年のせいか元気が出ない。
無理が利かない。
正直、この世での時間はあまり残されていない。
だったら好きに生きないとね。
時間がもったいない。
あ、メールだ。
モンロからだ。
「どうしても絵を返さなきゃいけない?」と聞いてくる。
「別にいいけど」と返信。
「だったら明日、返しにいく」とさらに返信。
だから「返さなくていい!」と言ったのだが、
「何が何でも返す」と鼻息が荒い。
どうやら酔ってるようだな。
何を言っても無駄みたいだから好きにしろと言っておいた。
だが、明日とはまた急だな。
もし来たらケンタとスコッチウイスキーでもおごってもらおう。
これで楽しみが出来たわい♪
それでは。








