旗から見れば理想で、現実には先を見据えた結婚 -3ページ目
予想外のアクセス数に
驚いています
旦那さんとの出会いから11年
そして元カレとは
音信不通の時期も含め13年
話しが前後したり
あやふやな所も沢山あります
色々な事があり過ぎて
支離滅裂な文章ですが
暇潰しに読んでもらえたらと思います
見に来て頂き
本当にありがとうございます
結婚生活も3ヶ月が過ぎ毎日
仕事帰りに母に泣きながら電話する日々
本当に心配を掛けたと思う
今でも泣かないだけで
愚痴を言う日々は続いているのだが…
そんな辛い中
思い出すのはやっぱり元カレの事だった
私が知る限り元カレの最後の職業は
ヤクザ
組の人に誘われている
突然そんな話しをしてきた元カレ
私は驚くばかりだった
ヤクザになんてなって欲しくなかった
尊敬していた大工をいつの間にか辞め
気付けばデリヘルの店長になっていた
それでもたまに会ったり
事務所へも何度か足を運んだ事もある
働いてる女の子と偽物のブランド品
謎の多い人だったから
私にはハッキリ分からなかったが
もうその頃にはヤクザになっていたのだろう
その頃あるSNSの掲示板に
元カレの話題がよく載っていた
お店同士の叩きあいもあったと思うが
ほぼ元カレと関係のあった女の子や
何かしら元カレと関わってきた女の子の
悪口の言い合いや
私が彼女です
と言う書き込みも多く中には
奥さんがいる
そんな書き込みも多かった
私は何を信じて良いのか?
そして私は彼女なのか?
果たして元カレと私は付き合ってるのか?
それすら謎だった
元カレがヤクザになってからは
私が元カレの都合の良い時に夜中でも
遠方まで出向く事が増えた
都合の良い女
だったのかも知れない
ハッキリしないまま関係は続き
珍しくゆっくり話せる日があった
本当は結婚してるの?
聞けずにいた事を思い切って聞いてみた
ずっと別居していて娘が一人いる
元嫁には男がいて
娘の幼稚園の送り迎えもしている
私はショックと緊張でうろ覚えだが確か
そんな話しだったと思う
色んな事があっても私は
やっぱり元カレの事が大好きだった
この関係を崩したくないなら
これ以上余計な事を聞いてはいけない
そう思った
ある日
今から大阪の本部へ行ってくる
いよいよ組長になるかも知れない
今度は一緒に大阪へ行こう
そんな電話がきた後
いかにも組の事務所という背景の中
大きな革張りの黒い椅子に
堂々と座っている写真が送られてきた
本当にヤクザになっちゃったんだ
いつか私も姐さんとか呼ばれるのかな?
あまりにも現実から掛け離れていて
訳の分からない事ばかりしか考えられなかった
今まで通りたまに会う関係を続けていた
ある日
逮捕される事になった
もう連絡出来ないかも知れない
これが元カレとの最後の電話だった
元カレの後輩や親友には会った事はあるが
連絡先までは知らない
何で逮捕されたのか?
元カレに関する情報は何も入ってこない
誰とも連絡が取れず不安だらけの中
私はネットでしか情報を得る事が出来なかった
それが元カレの事が書かれたSNSだった
その中での情報によると
車の事故を装い保険金詐欺をした
そんな内容だった
今まで元カレは犯罪歴があったのか?
それすら分からないが
実刑が下された時点で
初犯ではなかったんだと思う
何がホントで何が嘘か分からないまま
元カレとの関係は突然終わった
入籍した初日
義父母から聞かれたのは
私と姉の携帯番号そして実家の番号だった
何でお姉ちゃんまで?
少し疑問に思ったが
何かあった時の為
それが義父母の理由だったし
嫁という立場上教えない訳にはいかなかった
お義母さんから娘に頻繁に電話がきた
娘の受け答えが荒いのが気になったが
やっぱり初日だし色々と心配なんだろう
そう気にせずにいた
しかし翌日から隣の家にも関わらず
大した事ない理由で頻繁に私へ電話してくる
トイレやお風呂に入っていても
電話に出ないと何度も掛けてくるか
何かあったと思って!
そう言ってすぐに家に来る
それだけでも嫌だったが
チャイムも鳴らさず玄関を勝手に開け
返事をするまで呼び続ける
終いには勝手に上がり込んでくる
義父に至っては毎回
返事をする間もなく当たり前の様に上がる
だからトイレにもゆっくり入れず便秘になり
お風呂上がりも気を付け
携帯は常に手元に置いていて
寝ていても義父母が歩く砂利や
玄関を開ける音がいつでもする気がして
幻聴が増え熟睡する事が出来なかった
何をしていても緊張していたし
時間と義父母に追われている感覚だった
私の実家では必ず鍵を掛けていて
それが当たり前だったのだが
田舎あるあるなのか?
義父母も旦那さんの家も鍵を掛ける習慣が無く
最初は不安でたまらなくて
鍵を閉めたい
旦那さんにそう伝えた
旦那さんから了承を得て鍵を閉めていると
義父母が訪ねて来てすぐに開かないドアに
ピンポンのチャイムの嵐と
ドアを無理矢理ガチャガチャ開ける音
そして…
何で鍵を掛けてるんだ!
来るなって事か!?
義父母にそう怒鳴られた
来て欲しくない気持ちは正直あったが
そう言う理由ではなく
不用心だし実家では鍵を閉めていたので
そう言うと無言で立ち去ったが後日
嫁を貰うとこんな事をするんだな!
腹を立てて旦那さんに言ったらしい…
買い物や遊びに行く時は勿論
ちょっとそこのコンビニまで行く時も
必ず義父母の所へ顔を出して
声を掛けなければ出掛けられない
そして必ず聞かれるのが
何時位に帰ってくるのか?
大体の時間を言わなければならなかった
そして極めつけは
言って出た時間に1分でも遅れると
今どこか?
何かあったのか?
必ず電話がかかってきた
自由なはずが
いつでも監視されてる気分だった
結婚して1ヶ月位経った頃
電話代が凄く上がった!
まるで私の責任の様に義母に言われた
娘や息子に対しても勿論
今までもこんな調子で電話していたらしく
娘の受け答えが荒いのが理解出来た
そして結婚前のデート中も
しきりに携帯を気にしていた旦那さん
その相手は義父母だったのだ
結婚した時すでに息子は大学生の寮暮らしで
家には居なかったから関わる事はなかったが
年頃の娘のバイトの日は
バイトは22時までのはずなのに遅い!
何時に帰ってくるのか?
少し残業で遅くなると
まだ連絡は来ないのか?
未成年をこんな遅くまで使って違法だ!
店に電話を掛けて厳しく言わないと!
迎えに行くまで
そんな内容の電話が何度も何度も掛かってきた
娘を連れて帰ってきても
バイトで疲れている娘に対して
わぁーわぁー文句ばかり言う義父母
そりゃ嫌いになるわ…
そう思いながら私はひたすら謝るしかなかった
旦那さんは家で義父母の悪口を言うばかり
義父母に対して何か直接
言ってくれる訳ではないから
そんな愚痴を聞かされ更に疲れた
娘と義父母のバトルは
娘が短大へ行く為に家を出るまで続いて
余計な事で娘と気まずくなる事もあり
それだけでもかなり辛かった
娘が家を出て少しは楽になるかと思ったが
今まで娘に向けられていた束縛が
私に集中する事になり更にキツくなった
たまに実家へ帰っても
帰り着いたら電話して!
そう言われ素直に義父母へ電話する
しなくても良い!
そう旦那さんは言うが
電話をしないと何度も電話がくるし
終いには実家の母に電話する様になった
この事は未だに続いているし
旦那さんが腹を立てて
電話を何度もするな!
そう義父母に言うとその時は少し良くなるが
しばらくすると元通り…
そしてまた電話を掛けてきて
旦那さんには掛けるなって言われたけど
何度も電話してごめんねぇー
やっぱり家族だから心配だよね?
お決まりの台詞を言われる
旦那さんには電話を掛けた事を言わないで!
そう言われた事もあったが
私は内容まで旦那さんに伝えている
旦那さんと義父母は度々ケンカになるが
何で電話をするのがいけないんだ!
本来は嫁から掛けるべきだろう!
そう言って自分達は普通だと言い張る
これの繰り返しだ
実家にいても気が休まらない
家に帰ると義父母に
どこで何をしてきたの?
などと根掘り葉掘り聞かれるのだ
もう何もしたくなくなる…
入籍した初日は旦那さんは夜勤で
娘と二人で夜を過ごした
当時高校2年生だった娘は
推薦を受けて入った高校に通う為
片道2時間掛けて通学していた
娘を初めて駅まで迎えに行き
初めて娘と二人で地元での買い物
堂々と一緒にいられる嬉しさで
娘の食べたい物を作ってあげた
娘は凄く喜んでくれ私も嬉しかった
台所は一応?掃除されていたが
何とかコンロを使える状態
引き出しや食器棚には
台所に関係ない物がたくさん入っていて
冷蔵庫は賞味期限の切れた
いつ買ったのか分からない物だらけ
神経質ではない私だが
洗面台とお風呂とトイレは正直
吐き気がする位酷い状態で
入りたくないし歯も磨きたくない程
カビや埃や汚れで凄まじかった
私は当時まだ仕事をしていたが
このままでは生活出来ないと思い
寝る間も惜しんで夜な夜な掃除した
けれど掃除しても掃除しても片付かない
これ程の酷い汚部屋と言うか汚家だった
私の休みの日
一人で張り切って和室を片付け
足の踏み場も少しは出来たし
旦那さんも驚くだろう
そう思い旦那さんの帰宅を喜んで待っていた
しかし和室を見た旦那さんは
何でここに雛人形を置くのよ!
褒める言葉は無くイラついた一言だった
今まで埃を被っていた雛人形や兜
全く掃除せず放置していたくせに
その日作っていたカレーに対しても
固過ぎるんだって!
旦那さんはイライラして吐き捨てた
私は物心ついた頃から受け続けた
父親からの暴力と暴言がトラウマで
大きい声が苦手で震えてしまう
その事も旦那さんに伝えていたのだが…
それを見た娘が
水を足せば良いだけじゃない?
何をそんなにキレてるの?キモい
そう言って味方してくれた
結婚するまで娘の送り迎えも
義父母にも頼りつつやってきた旦那さん
しかし結婚した途端
何故か送迎は全て私
朝は4時に起き
お弁当の準備から娘を起こし駅まで送る
帰り着いて旦那さんのご飯の準備と家事
そして私はそのまま仕事へ
仕事が終わり買い物をして家事を済ませ
バタバタとシャワーに入り娘の迎え
娘のバイトがある日はその送迎
23時頃に娘にご飯を食べさせ片付け
片付けてすぐに寝るのは娘が可哀想で
色々と話して眠るのは1時過ぎ…
よくやってたな
今思えば自分ながら感心する
結婚前から飲む人だとは分かっていたし
毎日飲まない日は無い
子供達から聞いてはいたが
旦那さんの飲む量は尋常じゃなかった
当たり前の様に毎日
500mlのビールを必ず4本は飲んでいた
それ以上の日も度々あった
そんな中たまには私もお酒を飲もうかと
旦那さんと一緒に飲もうとすると
娘に何かあったらどうするんだ?
二人して飲んでて車も運転出来なかった
あそこの家は奥さんも飲むって知れたら
近所の人に恥ずかしいだろ!
旦那さんに言われた
そう言うなら自分も飲まない日を作れば?
旦那さんに言いたかったが
すぐキレる旦那さんが怖くて言えなかった
テレビの音量もかなり大き過ぎて
旦那さんがいない時は小さくして見ていた
それに気付いた旦那さん
音を小さくしてるだろう?
何で小さくするんだ!
自分が見る時は大きくすれば良いだけなのに
そんな事でもすぐにキレる
それが怖くて音量を元に戻す様にしていた
毎日何かと機嫌が悪く
ここでは書ききれない程
本当に些細な事でキレられていた
やっと大好きな旦那さんと暮らせる喜び
そして夢見ていた新婚生活は
旦那さんの短気な性格や言葉の暴力で
あっという間に崩れていった
結婚して3ヶ月間
泣かずにすんだ日は数える程しかなく
食べ物も喉を通らず眠れず
気が付けば10㎏近く体重が落ちていた
幸せにする
確かにそう言った旦那さん
幸せ所か心も体も休まる事はなく
悲しみとストレスしかない新婚生活
そしてそれに拍車を掛けたのは義父母だった

