ある本に、アップルぺプチドというものが、体内にあるセシウム137を体外に排出するのに効果があることを、チェルノブイリ事故で被曝した人たちを治療していた医者が発見したそうだ。
福島の子どもたちにはそれが必要だから、ここは是非とも、青森のりんごに活躍して欲しい。青森県は産業振興のため、東通原発及び六ヶ所村核再処理施設を受け入れてきた。でも、それらがあるにもかかわらず、過疎は進んでいる。ここは思い切って、りんごで、福島とチェルノブイリの事故で被曝した人たちの治療に貢献し、それを通じて、自らも危機を脱するというのはどうだろうか。
The Street Sliders というバンドの曲(曲名は忘れた)の歌詞に、「昨日と同じ明日はいらない」というフレーズがあった。
震災後の日本社会では、「昨日と同じ明日」を続けたい人たちと、「昨日と違う明日」を求める人たちとの綱引きが各方面で行われている。震災前なら前者の圧勝だったかもしれないが、今は違う。なぜなら、「昨日」があまりにもいい加減なものの上にのっかっていただけに過ぎないことに、多くの人たちが気がついたからだ。
「昨日」を続けることはもはやできないから、各人の努力によってより良い「明日」を作り出すことが、多くの人たちに幸せをもたらすだろう。
太陽の光もそこそこあるのに、日中寒く感じる。14時半まで医者のはしごで疲れた。
電車から外に出たら、とても寒かった。これから帰る人は要注意。
Twitterで、小さな地震も教えてくれるのがあり、それを見ていると、千葉県東方沖での地震が断続的に続いているような。だからといって、大きな地震がくるとは言えないだろう。
著者は、本書を通じて、現在の世界史が時代にあわないため、新しい世界史を考える必要があると主張している。

本書の構成は、「現代日本における世界史理解の概略とその成立の経緯の確認」(第一章)(11ページ)、「ヨーロッパ中心史観を核としお互いに関連する三つのポイントが現行の世界史認識の問題点であることを指摘し、新しい世界史はこれを超えるものでなければならない」こと(第二章)(12ページ)、「新しい世界史に向けての様々な取り組み」の紹介とその有効性と問題点の指摘(第三章)(12ページ)、著者の新しい世界史の構想(第四章)となっている。

本書で非常に残念な点は、第四章で新しい世界史を記述する言語として、あっさり英語をもってきていることだ。その理由は「現代世界で共通語となりつつある」かららしいが(153ページ)、本書で何度もヨーロッパ中心史観を批判していたことと、これは矛盾しないのだろうか。言葉は文化の重要な構成要素であるから、価値中立的にはならない。英語が多くの国の人に話されるようになっても、そこからヨーロッパ的な価値観はなくならない。
人には、絶対譲れないものがあるはず。私の譲れないもののひとつに、ARBの音楽がある。ギターとベースは変わりはしたが、ボーカルの石橋凌、ドラムスのKEITHは変わっていない。
随分長いこと、聞いている気がする。それもそのはず、もう四半世紀以上聞いているのだから。これからも聞いていくだろう。