40年以上もアトピー性皮膚炎の患者なので、皮膚科の医師よりも自分の皮膚のことはよくわかっている。
ここ最近忙しいので、睡眠時間が短くなり、疲れがたまって、皮膚の状態が悪化している。寝ている時に、痒みで睡眠が浅くなっているためである。まあ、ストレスということですね。とてもじゃないけど、飲酒なんて更に悪化させるだけだし。
とりあえず、今日と明日は休みだから、ゆっくりしている。
1)大西巨人著『深淵(下)』(光文社文庫)

2)竹信三恵子著『ルポ 雇用劣化不況』(岩波新書)

3)高杉良著『いのちの風』(新潮社文庫)

4)朝日新聞特別報道部著『プロメテウスの罠』(学研マーケティング)

5)上杉隆+烏賀陽弘道著 『報道災害【原発編】』(幻冬舎新書)

6)永六輔著 『悪党諸君』(幻冬舎文庫)

7)尾木直樹著 『教師格差』(角川oneテーマ21)

8)日隅一雄著 『マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか』(補訂版)(現代人文社)

9)澤地久枝著 『道づれは好奇心』(講談社文庫)

10)大野更紗著 『困ってるひと』(ポプラ社)

11)宮崎学著 『談合文化論』(祥伝社)

12)日隅一雄著 『「主権者」は誰か(岩波ブックレット)


4月後半は仕事が忙しくなり、読書のペースが落ちた。5月は忙しいので、かなり落ち込みだろう。

本書は、「シリーズ中国近現代史」の三冊目である。
孫文が1925年3月に亡くなった後、蔣介石率いる国民党か、毛沢東や周恩来などの中国共産党のいずれが、中国を治めるのかが、この時期の重要な点である。
いずれの党にとっても状況を困難にしたのが、日本軍の存在であった。1928年4月に第二次山東出兵、同年5月済南事変、そして1931年の満州事変と、1945年まで戦争が続いたのだから。
この済南事変は、「出先機関(現地軍)が事件を拡大・激化させ、それに軍中央・政府が追従して軍増派を行い、それを『暴支膺懲』(乱暴な中国に懲罰を加える)を叫ぶ世論が後押しをするという一連の呼応関係の面からいっても、のちの日本の対中国侵略行動パターンをすべて備えたものであった」(50ページ)という著者の指摘は、重く受け止めるべきだ。
私の隣には虫くんがいて、誰も来ない。そのままじっとしてくれればな。
押上駅の改札の掲示板によれば、スカイツリータウン開業まであと21日。あと三週間。
押上駅のスカイツリー側の出口は、都営浅草線の押上駅と半蔵門線の押上駅との間になるようだ。今日の時点では、看板が取り付けられたようだ。
昨日の振替休日に、午後に子どもたちと一緒に鬼ごっこをした。まさか、2時間も続けられる体力がついてきたらしい。親がついていけなくなるのも時間の問題。
相次ぐ、登校中の小学生の列に車が突っ込む事故に加え、昨日早朝には、臨時長距離バスの事故。今朝の東京新聞の1面の写真を見ると、バスの中を遮音壁が貫通しているという恐ろしい状態。
車について、もっと真剣に考えれるべきではないかと思うが、単に事故を起こした加害者側の特有性だけが、取り上げられて、その背後の構造的な問題を見過ごすことを繰り返しそうな気がする。
タワレコに久しぶりに行ったら、ARBの1999年7月に三日連続でロフトて行われたライブをおさめたCD3枚組があったので、買ってしまった。
さっそく、iPhoneにいれたので、通勤時に聞くつもり。
日本国憲法前文には、「国を治める力」である主権が国民にあることが書かれている。
しかし、昨年の原発事故では、政府や東電から正しい情報が提供されず、多くの人々が避けられた多量の放射能被曝をし、自宅に帰れず、十分な保障を得ていない。
そこで、「国民は主権者として振る舞うことができなかったのか」という問題の解決方法を、原発問題を通じて、検討するのが、本書の目的である。
戦後すぐに文部省が作成した『あたらしい憲法の話』が本書で何度も引用されている。あわせて、そちらも是非読んでほしい。