本書では、大澤さんが昨年の震災及び原発事故を契機として「考えたこと、考えさせられたこと、われわれ(の社会)について考えざるをえなかったこと」(263ページ)が書かれています。
例えば、今回の震災及び原発事故を、1995年の阪神淡路大震災及びオウム真理教によるサリン事件との比較、ジョン・ロールズの「正義論」を用いての哲学的観点からの考察、キリスト教を通じての宗教的観点からの考察などです。
また、本書の目的として、原発事故が私たちに衝撃を与えたのは、津波対策の不十分さや電力供給体制の欠陥ということを「超えた何か」があると思われ、その「超えた何か」を考えることである(同ページ)。
まさにと相づちを打ちたくなったのは、(第二次世界大戦で負けた日本の)「自尊心を回復するには」「科学・技術の象徴であるところの原子力を味方につけ、わが物とし、それを自由に使いこなすことこそ、敗戦によって失われた自尊心を取り戻す、最も確実な方法」であって、これによって「核への恐怖」が「核の魅力」へと転換していったという大澤さんの主張だ(84ページ)。
しかし、首肯しかねることもある。原発に関しての大澤さんの結論は、「全面的な脱原発を目標」としつつ、「すべての原発を即刻停止」するのは「現実性に乏しい」ので、「段階的な完全な脱原発を実現する」というものだ(10ページ)。つまり、段階的脱原発論に立つのだが、これには問題がある。起こるのが間違いない大きな地震の対策は「現実性に乏しい」からだ。想定を厳しくすれば原発事故の危険性を低減するだろうが、その想定に基づく対策は膨大なコストとなり、経済的に成り立たなくなる。だとすれば、最初から原発を運転しないで、廃炉にした方がよいと論理的にはなるはず。それに、大飯原発の再稼働への動きを見るだけでも「原発の安全性」を高める体制なんて出来るわけがないのは火を見るよりも明らかではないだろうか。だから、即時廃炉でいかないと、また福島の悲劇を繰り返すことになる。
本書は、米国人の中で、上がり続ける消費基準、これ見よがしの消費、増加する消費者ローン、贅沢なライフスタイルを保つための長時間労働が顕著となり、快適さより富裕さを求める普遍的な願望を特徴とする『新しい消費主義』が生まれたという。これらを、ホワイトカラー職での高学歴女性の増加、マスメディアの影響力の高まり及び上位20パーセント層への所得及び資産の集中化という要因と関連付けられて論じられている。
また、そのような生活に反対するダウンシフターと呼ばれる人々も現れるようになった。ダウンシフターは、より多くのものを消費するための収入を増やすために労働時間を長くするようなことはせず、むしろ少ない収入にあった消費をする人々で、そのような生活をする前よりもストレスが少なく、自由な時間が増えたようだ。
言うまでないが、消費のための労働が増えているのは日本でも同様だろう。クレジットカードに、ネットショッピング。さほど必要のないものを買ってしまう環境は整っているだけに、浪費を防ぐのは簡単ではない。
押上駅で電車の乗り継ぎが悪かったので、東京スカイツリータウン1階にあるパン屋さんで、そこ限定という星型のメロンパン(200円)を買った。帰って食べたら、美味しかった。また、しばらくしたら、買おうと思う。
本号のリレーインタビューは、つぶやきシローさん、ビックイシュースペシャルとして、ひつじのショーンが取り上げられている。特集は、「タネから考える食べ物の未来」である。
今日は通常の練習が2時間と1時間短縮され、お昼を食べて、近くで練習試合を行った。
キーパーして、顔面に球があったり、突き指したりと大変だった。戦績は1勝2敗1引でした。
今後は、キック力の強化と判断の素早さが課題となる。
今日の幼稚園の父母参観日の後は、お昼を食べてから、近くのアスレチックに行った。約1時間半くらいで大体のものに挑戦出来た。夕食は空港内のレストランで。最近、子どもたちは、あまり飛行機には興味がなくなってきたようで、せっかく外に飛行機が見える席だったが、飛行機をほとんど見ることはなかった。
今日から6月。仕事が忙しく、この数ヶ月は走馬灯に過ぎ去っていった。今月はまだわからない。そろそろ落ち着きそうな予感はするが。
5月に購入した本は、少なくとも10冊。ちょっと買い過ぎ。

来月から、次のルールに則して、本を購入するつもり。

一 毎月購入出来る冊数は、前月に読んだ冊数の半分までとする。割り切れないときは切り上げとする。但し、6月と12月に限り、前月に読んだ冊数と同じ冊数まで購入出来るものとする。

二 上限に達したものの、古本を購入したい場合は、翌月分から、その購入冊数を差し引くことで、購入出来るものとする。

果たして、ワークするだろうか。
本書は、政府や大企業に対して、戦いを挑んだ人びとの記録である。その戦いで、「法はわたしたちを規制するばかりでなく、まだまだ人権のたたかいの武器にな」ること(「法を撃てば響きあり」)がわかってくる(270ページ)。
本書で触れらているのは、自衛官合祀拒否訴訟、指紋押捺拒否訴訟、大潟村訴訟、成田空港代執行事件、三井三池CO訴訟、伊方原発訴訟などである。
指紋押捺拒否訴訟のところで、鎌田さんは「日本人の正義感はどこか故障している。一四歳の少女にそういわれるのは、日本人として恥ずかしいことである。それは差別を法律としてつくり、(略)そのことをみてみぬふりをしているわたしたちが、問われているのである」と言っている(43ページ)。また、どぶろく裁判のところでは、「歴史は、解釈によってではなく、実践によって切り拓かれるものである」(67ページ)とも言う。