スタンドを修理 苦労も大満足
家内から「電気スタンドが壊れたから直して」と渡された。半年ほど過ぎ、直してみようと思い立った。よく見ると屈曲するアームの関節部のところせコードが切れ、管の中にある。「ここだな」と思い、コードを引っ張り出そうとすると、各関節部にビニール製のストッパーがあり、それが邪魔している。
まずそのストッパーを取り出し、コードを引き出した。管の外の配線の切れた所を露出させ、十分に余裕を持たせてから、切れた線を電気こたつのスイッチを利用してつなぎ合わせた。簡単な作業だったが私は生来の不器用で、ドライバー、カッターなどを利用してだいぶ苦労して直した。
修理したスタンドは少し不恰好になったが‘バイパス手術‘が成功して大満足である。何よりも、失ったものを得、死んだものをよみがえらせた喜びは多きいものであった。
「政策評価」歓迎 考え方を転換して
鳩山内閣は各県庁が新事業を立ち上げた場合、数年後に事業目的の達成度合いを点検する、新たな「政策評価」制度を導入する方向で検討に入ったが、ぜひともスタートさせてほしいと願っている。
各県庁の予算要求に対しての無駄遣いの根絶が目的であり、年末度に集中する無理、無駄な予算使い切りから改めていかなけらばならない。
予算の使い道に関しては会計検査院が毎年発表しているが、残念ながら事後報告だけで、責任所在不明と処分に対しては全く機能していない。
管直人副総理の構想によれば、発案者の責任はもちろん、それらの官僚のペーパーを認めた政治家(大臣)の責任まで問われる可能性もあるという。実現すれば画期的な政策になることになり、これこそ政権交代の意義の一つといえる。
心に残るはやし祭りいつまでも
先日、二本松市のちょうちん祭りが行われました。全国的に有名な勇士なこの祭りが、かつて三日三晩行われていたころ、家族で二本松市内までわくわくしながら歩いて行ったものです。娯楽の少ない時代でしたので、子どもたちにとっても待ち遠しい楽しみの一つでした。ちょうちん祭りを思い起こしても、時代の流れを感じさせられるばかりです。
秋の夜空に連なって揺れる幽玄な淡いちょうちんの輝き、心にしみわたる笛や太鼓のはやしは心に響きます。また、山車を引き回す若者たちの威勢のいい掛け声など、祭りの気分を心から楽しめ、平和な秋祭りはいつまでも続いてほしいものです。
五輪招致で落選 真摯な反省必要
二〇十六年の夏季五輪開催都市はブラジルのリオデジャネイロに決定し、東京は落選した。石原都知事が四年前、唐突に立候補を表明し「成熟した都市の姿を示す」「平和への貢献」などと、百五十億円ともいわれる経費で無駄遣いのキャンペーンを繰り返した。しかし多数の都民の支持を得られず、あまりにも独善的な石原知事の開発五輪がIOC委員からも拒絶された結果ではなかったかと思う。
招致運動の上滑りは、都民の多くが政治的、経済的利用を追うバブル的五輪開催と、開催時に予想される治安対策のための交通、日常生活に対する規制強化などを嫌悪したからではなかったか。多額のお金をかけ招致活動をしたのになぜ落選したのか、東京都は真摯に反省する必要があると思う。
五輪招致は本来、スポーツの権利譲渡の延長上にあるべきで、イベントとたらえてそこだけに力を入れ、ほかは施設も予算も乏しい東京都のスポーツ行政を世界の良識は認めなかったと思う。
五輪招致失敗もリオは同胞の地
二〇十六年の夏季五輪の開催都市に立候補していた東京でしたが、ブラジルのリオデジャネイロに決まり、ショックでした。
東京は石原都知事を先頭に五輪の舞台で活躍した選手や女子体操の十五歳の少女らを招致プレゼンテーションに登場させ、また、鳩山首相も掛け付け国を挙げて東京の良さを訴えました。米国のオバマ大統領夫妻が猛運動に当たったシカゴも落選となりました。
栄えある当選を果たしたリオデジャネイロは南米大陸で初めての開催で、最近目覚しい発展を続けています。ブラジルはわが国から多くの移民を受け入れ、県人はじめ多くの日本人がいます。
今では日系二世、三世の時代となりましたが、わが国とは親しい国です。この同胞が多く暮らす地で各競技に健闘してほしいものです。