今日は親父の三回忌でした。


親父が死ぬ数ヶ月前のことです。末期癌なのは俺ら家族はみな知っていました。
体力がある間は親父はよく2階まで上がり日向ぼっこをしていて、その日も俺が夕方前に帰ると2階の部屋の南向きに取り付けられた大きなサッシの側に座って外を眺めていました。
俺は親父の斜め前のベッドの端に座り、暫くは他愛も無い会話をしました。
何気に俺も外を眺めたらサッシのガラスに親父の顔が反射して見えたのですが・・・なにか違和感があります。
その理由は直ぐに分かりました。
その顔はこちらを向いているのです。親父はガラスに横を向けているのに。
俺の頭の中は「???」でしたが状況的に慌てる訳にはいかず、会話を続けながらその顔を眺めていました。
よく見ると親父の顔とは明らかに違い、丸顔で白くて、そして何故かニコニコしているように見える。
本当の親父の顔は何処にあるのかと目を凝らしたら…ありました、普通に親父の横顔がガラスに写ってました。
そして、その白い顔は親父の後頭部の辺りに見えます。
ガラスの汚れかな?反射している何かが顔に見えるのかな?と思い、親父に気が付かれないように目の焦点を変えたりしていたら、やがてぼんやりしてきてその顔は見えなくなりました。
なんなんだろう?と思いましたが・・・・・死神か?お迎えか?と嫌な考えが頭をよぎりました。
変な話ですが「まだ待てよ!もう少し待ってくれよ!」と、心の中で念じてしまいました。


その念が通じたのかどうかは分かりませんが、それから約三ヶ月間生き、二年前の春先に息を引き取りました。
精密検査を頑なに拒んだため延命処置などはできませんでしたが幸い最期まで苦しむことはありませんでした。
数日間だけ無理矢理に点滴入院させたくらいで殆どを家で過ごし、家族全員と親父の兄弟全員が見守る中で最期を迎えることができたので、変な話しですが、本人の希望通りの死に方ができてよかったと思っています。


数日後、通夜が行われたときに出席頂いた方々が着席するまでの間、祭壇の横に設置されたモニターを見ていました。
その葬儀屋では故人の写真をスライド式に映像として流してくれるのです。写真は忙しい俺の代わりに姉と弟が選んでくれました。
自分が写っていない親父の写真はあまり見たことがないので興味深く見ていたら30歳頃と思われる親父が、親父の母親(俺のお婆さん)と並んで二人で笑っている写真が出てきました。
お婆さんは20年くらい前には亡くなっています。ですので久しぶりにお婆さんの顔を見ました。
「そうそう、お婆さんってこんな顔だっけ、親父と違って丸顔・・・」そのとき、あのとき見た顔に似ているなぁ、と思いました。


結局は俺が見た顔のようなものは何だったのか分かりません。
何かを顔と見間違えたのかもしれないし、あるいは、ひょっとしたら・・・。
さすがにあの顔を見た後に、そのことを家族には言えませんでしたが、火葬まで終わり無事に済んで家へ帰った日の夜に皆に話したら、姉がポツリと「お婆さんが心配して見にきたのかね」と言いました。


まぁ、そういうこともあるのかもしれない。
みな順番であの世に逝くのだし、そのときは先に逝った者が迎えてくれるのかもしれないし。