以前、東京に勤めていたときの話。
俺は銀行へ行くために街中を歩いていた。
大きな交差点に差し掛かり右折しようとすると目の前の歩道の隅にホームレスの人が座り込んでいた。
何度も通っている道なので、そのホームレスはそこで何回か見掛けたことがある。
4、50代と思われる。働こうと思えば何らかの職に就けそうな年齢でしたが、なんでホームレスに?と思うほど若くは見えない。
それに、もうそのような生活が長い様子で服装から髪の毛から・・・すっかりホームレスでした。
そういう人にありがちで、何かをブツブツと言っていたり、ときには大声で叫んでいたりするのですが、その日は少し違っていました。
黙って、その人からすると右側の方をジッと見ているのです。
まったく動かずに睨みつけるかのような怖い表情でジッと見ていたので些か不思議に思い、歩きながら俺は暫くそのホームレスから目が離せなかった。
何を見ているのかと俺は後ろを振り向く姿勢でそちらを見てみたら、ホームレスから10mほど離れたところに若い女性が立っていた。
20歳前後と思われる普通の女性。その人もホームレスの方をジッと見ている。
俺は、またまた不思議に思い歩みを緩めて暫く二人を観察してしまいました。
ホームレスの伸ばしきった髪と髭、薄汚れた顔で睨んでいる姿は予測不可能な怖さがあります。
だから一見、蛇に睨まれたカエルのような光景ですが、女性も強張りながら、それでいて泣きそうにも見える表情でホームレスを睨み返していました。
何やってんだこの二人は???
距離も離れているし、それにホームレスはだらしなく歩道に座り込んでいたので、いきなり女性を襲うとは思えない。
ただ、睨み合っている二人だけは人通りの多い街中にあっても隔絶した世界にいるような感じ。
本当に何やってんだこの二人は?と緊張感が伝わってくる思いで女性の方を見ていたら、突然、胸の辺りに抱えていたバックから菓子パンを取り出した。
・・・・・あぁー、そういうことか。そのときやっと分かった。
そういう活動をしている人がいることは知っていた。しかし、そのときは想像もできなかった。
それは目の前で見ていた光景が、そのような活動に対するイメージと違い過ぎたからだ。
菓子パンを見たのを最後に俺は離れてしまったが、その後、あんだけ怖い顔をしていたホームレスは菓子パンを受け取ってお礼などを言ったのだろうか?
でも、あの女性はお礼を求めてやっているのではないのだろう。
とにかく、あのときの、あの顔。
まるで真剣勝負を挑むかのような強張った二人の表情。
あの顔が今でも俺は忘れられない。