何だかたいそうなタイトルをつけてしまいましたが、今朝ウォーキングしていてふと頭をよぎったのです。

 

実は昨日この本を読みました。たった1日で! 私のパートナーが「こんなのどう?」と図書館で借りてきてくれたんです。

 

おかげで昨日分の書籍翻訳のノルマをこなすのがなかなか大変でした。

 

(多少ネタバレあり)主人公は著者の小野寺さんをモデル?にした売れない作家で、なぜか自分と重ねてしまったのです。

 

主人公は50代独身で自己評価が非常に低い人。生き方のモットーは「無駄に想像しない、無駄に休まない、無駄に求めない、無駄に守らない」。何と最近私が考えていた生き方に大いに重なります。

 

もちろん作家と翻訳家とは違うのですが、生活スタイルも非常に似ていて共感できます。食べ物には気をつけ、運動を欠かさず、日々淡々とノルマをこなす。そんな毎日を彼は過ごしています。

 

特にウォーキングシーンがおもしろく、私と全く同じなんです。歩いていると、自然にいろんな考えや思いが浮かんできます。今朝で言うと、亡くなっていった人たちのこと(私の父親と母親はそれぞれ6人きょうだいで連れ合いを合わせると24人いました。そのうちすでに23人が故人となっています)、かつての(教員時代の)同僚たちのこと、歩いている途中に立派な家があり、それにふさわしい立派な石垣があるんですが、かつて家を建てたとき父と一緒に京都の木津川で大きな石を拾ってリヤカーで運んだことを思い出しました。

 

そして、歩いているうちに力が湧いてきます。歩く速度も自然と速くなり、セロトニンが体に入ってくるのが分かります。

 

本を書く(私で言うと本を訳す)ことは自分にとってどういうことなのか、ここが少し違うのですが、著者は「作家には2種類ある。一つは『作家にしかなれなかった人』、もう一つは『望んで作家になった人』」。著者はもちろん前者のようです。

 

一応私は後者ということになるのでしょうが、(主人公は民間企業に就職後間もなく退職し、というか、入社当初から退職を考えていた?といいます)そういう私も長年いつか教員をやめたいと思っていました。主人公は賞もとっていて、映画化された作品も1つだけですがあるのに、自分はダメだと思っています。

 

私も似たようなもので、いつも『これでいいのかな?』と不安に思いながらこの9年間やってきました。その点でも似ているように思うのです。

 

私は作家にはなれないと思いますが、それでもほんの少しだけ、あの常盤新平氏(故人ですが、翻訳家としてスタートし、後に作家にもなり直木賞を受賞しました)のような人に憧れてはいますが。

 

またまた訳の分からない方向に話が進んできましたね。すみません。

紫陽花はやはりこの色が好きです!

人それぞれでしょうけどね。私の自宅の庭には義母が生前植えたピンク?の紫陽花が今あざやかです。

 

とにかく私は歩くのが好きです。できれば誰にも会わずに歩けるところがいいですが。

 

歩いていると、いろんなことが頭をよぎります。それも毎日違うことが。楽しいですよ。皆さんもウォーキングしてみてはいかがですか?

 

さて、今日のノルマに向かうことにします。

 

では、また。