小林秀雄によると
「日本の南画家で此所(ここ)まで行った人は一人もないと思わざるを得ない」とか
「勝利は八十代になってきたように思われる」と書いてるそうです。
つまり、その画業は晩年ほど高く評価されてるとか。
鉄斎...
詩書画の三絶(さんぜつ)に通じ、高い志をもった人物を文人と呼ぶが、鉄斎は終生、その理想を追った。天保7年(1836)に京都の商家に生まれ、幼いころに風雅で知られる尼僧、太田垣蓮月の元に預けられている。国学を学び、幕末には国事に奔走。明治に入って神官となった。絵は独学で身につけ、大正13年(1924)、数え八十九歳で亡くなるまで数多くの傑作を生み出している。
ホテ子も万巻の書とともに...
絵を描く、書画をたしなむ。
...早くガイド試験、受からなきゃ(^。^;)私ってす~ぐ影響されるのね。
