この闘病記に親父まで、仲間入りするとは思わなかった。

まず、母だ。

無事に転院が済んだ。移動中の車のなかで嬉しくなる出来事があった。

なんと!今市の病院から鹿沼の行きなれた病院の道のりを母の案内で行った!!

最初は半信半疑だったが、ちゃんと全部あっていたし、近道まで覚えていた。

いや~これにはビックリです。

一時帰宅したときは、自分の住まいはお袋の実家の記憶だったので、当然、今まで透析で通った病院なんて覚えていないと思いました。

この鹿沼の病院、今まではここが当たり前だと思っていましたが、今市の病院と比較したら雲泥の差で、まるでホテルです。

食事も超上手そう。もう、病院食じゃない。

母の希望にそったメニューを選択できるし。

先生の事も、しっかり覚えていて一安心。

たまには、ドライブもありなんだろうな~。


話は変わって父。

とりあえず、検査結果が出た。

やはり、肝臓に拳大の癌がある。

他に気になる影もあったが、40年以上も前の胃潰瘍の手術の時の癒着の後で問題ないらしい。

不幸中の幸いか、癌はこれ一個だけで他には転移は無い。

理想は3cm以下だが、父のは10cmはある。

ま、肝臓はでかいからね。

小さくても、無数にある場合は転移が怖いし、取り切れない。

今回は、過去の手術の時の癒着により手術は出来ないみたい。

もうじき69歳になる親父に、切腹させるのはかわいそうだし。。。

とりあえず、結論から言うと悲観的になるレベルでもない。

肝臓の癌に栄養を送っている血管に抗がん剤を染み込ませたスポンジをつめて「兵糧攻め」にして癌を小さくする治療をする事に。これを数回すると思う。このまま、大きくならなければ癌と共存して生きる方法がベターみたい。

太ももの動脈からカテーテルという管を入れて処置するので、術後の快復が早い。

病院もあっさりしたもので、5年生存率は50%といっている。

本人も、やるしかないのであっけらかんとして、癌と戦う気満々だ。

C型肝炎の患者は平均的に、感染してから25年で癌になる場合が多い。そして大体65歳で、体内の癌と戦う細胞が、へって寿命を迎える場合が一般的だそうだ。

しかし、親父は感染して40年以上。いまだに農業現役。体力はJAMよりある、腹筋の割れたもうじき70歳とは思えない超頑固親父。

しかも、これだけ癌がでかいのに自覚症状なし、食欲旺盛。顔色もいいし。

「本当に俺は癌なのか?」っていっている。


通常、C型肝炎→肝硬変→肝臓癌という流れで悪化する。
が、親父の場合はC型肝炎→肝臓癌といきなりの悪化。

かなり稀なケース。
これだけ、長期間元気なのも稀なケース。

ここまできたら、ついでに癌までやっつけて!!

なんか、やらかしてくれそうな予感。

ま、なんとかなるっしょ。