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母の容態も安定し、なかなか見つからなかった転院先もみつかり近所の病院に無事に転院が出来た。

しかし、この病院。

人工透析があるのはあるのだが、専門医が居ない。

泌尿器科の先生が、兼任している。ちなみに泌尿器科は外科である。

普通、人工透析は腎臓内科の先生が受け持つ。

とりあえず、入院してその泌尿器科の先生が母を検査した。

母は、多発性のう胞腎、のう胞肝という難病で、のう胞とは簡単に言えば水の入った袋が腎臓と肝臓の中でどんどん無限に増える病気。のう胞自体は無害。臓器も正常。

しかし、いくら無害といっても限度があり、肝臓は大きいから案外平気だが、腎臓は小さいのでまともな機能が出来なくなり、腎不全になって人工透析になる訳です。

母のお腹は妊娠後期くらい大きい状態で、これが肺を胃、心臓などを圧迫していています。
現在の病院の主治医はこの状態をみたら、もうお手上げでギブぎみ。

とてもリハビリをやれる状態でないと。

リハビリが出来ないなら、この病院にいるメリットは0どころかマイナス。

なので、急遽もともとお世話になっていた先生に相談したら「ぜひうちで見させてくれ。」とJAMたち家族は人工透析はどこでも同じかと思っていた。

しかし、この先生に聞いたら凄く奥が深いらしい。新しいこともどんどん研究していて、母の場合はたんぱく質を投与しながら透析しないと栄養障害とのう胞が大きくなってしまうそうです。

事実、今の病院も、最先端の医療の自治医科大学も人工透析によりのう胞が小さくなる事は知らなかった。

だが、まえまえからお世話になっている先生の所での人工透析で母のお腹は見る見る小さくなった。

小さくなり、食欲もまし、血圧も安定し、着れなくなった服も着れるようになったと喜んでいた。

もう、この先生にお願いするしかないと思い。最終的な方針が決まった。

とにかく、この先生に元気にしてもらい透析はこの病院。

リハビリができるように快復してから、またリハビリは考えようという事に。

焦っても仕方が無い。1歩1歩ゆっくり進んで行かなければならない様です。

そういえば、一時帰宅したとき母はそれまで麻痺のあるかた向けのスプーンでご飯を食べていたのに、気が付いたら箸で普通に食べていた。

生きる為に食べていたという感じが、皆が作ったご飯をたのしんで食べていた。

やっぱり病院も大切だが、環境も大切だと思った。

先日(11/3)、スノーボードスクールの皆が勉強している中、JAMは午前中は母の人工透析の付き添いをして、午後は石窯で母の為にパンを焼いた。

現在の病院はスープの冷めない距離。

しかし、転院したら30分は掛かるので、この日しか母に焼きたてもパンを届ける機会は無いので頑張った。満足のいくパンが出来て即行で母に届けたら、凄くおいしそうに結構食べた。次の日は、アッコさんがそのパンをフレンチトーストにして母の元へ。

また、喜んで食べてくれた。ちなみに、母はパン好きである。

まさに、ソウルフード。