しばらくぶりの更新です。

事情もサックっと知っている方もいるのでブログからで失礼します。

それから、接点は無いもののこのブログの見て参考になったり励みになる人もいるかも知れないので悩んだ結果ブログにアップします。

長くなりますが・・・・。


私の母が、7/10に脳内の動脈瘤のクリッピングの手術を受けました。

動脈瘤というのは動脈の弱い部分にコブができて、それはいつ破裂するかわからない状態でして、もし破裂すると「くも膜下出血」が起きます。

これが起こると、かなりの確率でなくなりますし、発見が早くても脳にダメージがのこり半身不随になる可能性が大です。

母の兄弟5人中2は既にくも膜下出血で他界しています。

この2人と母も体質が非常に似ているので、確立は一般的より高くなります。

そこで頭に穴を開けて直接このコブにクリップを掛けて破裂を未然に防ぐ訳です。

医者の説明ではリスクは1%程度。

つまり、親知らずを抜く程度。

母は人工透析を受けているという状態ですが、それなりに地元では有名な脳外科で手術を受けるので安心だろうと、JAMは何の勉強もせず手術を勧めました。

医者の説明では術後すぐ歩けるし、10日くらいで退院できるとの事でした。

そして7/10手術日、頭を剃られ恥ずかしそうな母に笑顔で「行ってらっしゃい。」と声を掛け手術室に送った。

内心は、非常に不安だ。でも本人はその何万倍も不安だったと思う。

10:00から前身麻酔が始まり、11:00にメスが入った。

家族は控え室のモニターで手術の一部始終が見れる。

オヤジは食い入るようにみている。

JAMは観れなかった・・・・。

頭蓋骨が出てきて穴をあけ始める辺りから、「お袋も頑張っているから俺も頑張って見よう。」と思い見始めた。

こめかみ付近深さ4cmに左右2箇所づつ1cmはなれで動脈瘤があるそうで、まず左脳、次は右脳とクリッピングを行った。

19:00無事に手術は終わった。

20:00お袋が部屋に帰ってきた。管が沢山繋がれた母をみて、親父と泣いた。

「よく頑張った。」と。

数時間後麻酔が切れ始める。とにかく苦しそう。意識が戻りつつある感じ。

その晩は親父が寝ずに看病してくれた。

つきの日の朝、ま、順調な感じ。意識もある。

アッコさんが看病を変わる。

しかし、昼過ぎあたりから母の容態がどんどん悪くなり、意識が無くなる。夕方JAMが行った時には意識が無い。

しかし、医師は問題ない。明日は透析にいつもの病院まで家族で運んでくれの事。

ふざけるな!!!!!!!!!意識が無い。しかも、頭の手術をしたばかりの人を素人が運べるわけも無い。

救急車をお願いしても、「タクシー代わりにも使えない。」と。

次の日の朝、更に母の容態悪化。危篤状態。

でも、医者は透析すれば直る。と。

もう限界だ!!!!救急車を呼んでもらう。そしていつもの病院へ。

担当の院長が診察するも何も、いきなり。
「これは重体だ、うちでは対応できない。すぐに大学病院のICUに入れないとダメだ。」

ここの病院の副院長が元自治医大の腎臓内科の先生ですぐにコンタクトを取ってもらい、救命救急のICUが受け入れOKで、すぐに救急車で運んでもらった。

そしてまず診察してもらい、我々に説明された内容は「髄膜炎」

脳は頭蓋骨の中で髄液という水に浮かんでいてそれが手術によってバイ菌が入った可能性が高いとの事。

ウイルス性なら問題無いが細菌性なら、脳にダメージを残す可能性が。。。。

軽く手術を勧めた自分に腹が経った。

後から調べたら、リスクは現実には20~30%ある。トラブルも沢山ある。
動脈瘤の破裂する確立は実は手術のリスクより低かった。

今回のケースでも成功例に数えられ、母の意識障害は術後の合併症で片付けられるのだろう。

予防するはずの手術。

それで命を落したり、助かっても自分が誰なのかも解らない状態にでもなったら・・・・。

母の人生を自分は。。。。

本当に悩んだ。遅すぎるけど。。。。

母のベットの側を離れたくないが、面会1回2名までマスクをして5分以内という決まり。

そして、数日が過ぎた。

母が眼を開けた。何か話したいみたいだけど声にならない。

でも、「よかった」と言った。涙を流していた。

少しホッとした。

この日を堺に、微妙に回復し始めた。

でも、悪くなる日もあった。

とにかく、毎日かよって。手とか足とかいろいろさすった。肌から刺激を与えて脳を活性化しようと思った。

髄膜炎の話だか、髄液を背骨からとって4日培養したが菌は見つからなかった。
良かった。

教授の説明では「今後、今よりはよくなるだろうけど、快復するか解らない。このままの状態で止まる可能性もある。」

毎日、祈った。さすった。話しかけた。

家族みな、都合があり毎日は来れない。

JAMは自営業。アッコさんに店番をしてもらい毎日通うと決めた。

医者がなんと言おうと母を元通りに元気にして家に帰ると決めた。

容態も安定して、一般病棟へ移動。

相変わらずハイとイイエしか出来ない母。

でも、絶対諦めない。

と思っていた矢先。

一般病棟へ移動した翌日。

夢から覚めるように起きた!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

奇跡が起こった。
神様っているんだなと思った。

この前ブログでお話した「たけし」は母のお守りを買いにいった帰りに寄った店だが、そのお守りが効いたのかな?

ちなみにB級祈願でいったら、商売繁盛になった事がある。(多気不動尊)

12日ぶりに眼をさまし、翌日は「果物と野菜を食べろ」と言った。

いつもケンカしていた親父を「私の一番大切な人、手を握って。」って。
新婚かよ。

そして今日、鼻の管もとれ液体だった食事もゼリーになり、夕飯は重湯、卵豆腐、マッシュポテト、ゼリー(水はまだ)

それをもの凄く美味しそうに食べた。そうしたら声もだんだん大きく出るようになってきた。

救命の先生たちもビックリしているそうだ。

なにせ、未だに意識の無くなった原因がはっきりとは判らない。

でも、元気になって来た。


手術をやった脳神経外科の完全な医療ミスって事がわかった。今回の一番の原因は手術中の水分管理とその後の水分管理が問題だった。

透析患者は腎臓がほとんど機能していない為にオシッコガでない。しかし、母はまだオシッコが出る為に水分制限がない。それで脳神経外科は通常の人と同じだけ点滴で水分をいれてしまった。しかし、手術の翌日にほとんど水分管理していない。術を行った医師がきたのは翌日の夕方。そして異変に気付く。こちらが何度、訴えても看護士は相手にしてくれなかった。

JAMなりに考えた結果。
手術の選択は正しいが、病院が最悪だった。

その後、日本で最先端の最高の医療を受けさせてあげる事が出来てよかった。
これも皆、掛かり付けの病院の院長、副院長、スタッフのお陰です。
この院長は医師でありながら自分の親に「親孝行」が出来なかった事を悔やみ、患者を親に照らし合わせ本当に良くしてくれる。

この病院に何度か母は入院が、夜はパジャマ姿でまで様子を見に来てくれる院長です。

そんな事があり、皆さんにはご心配、ご迷惑お掛けしました。

現在も夕方早く仕事を切り上げて、自治医大まで通う日々が続いており仕事の面でもご迷惑をお掛けします。

しかし、いま親孝行しなくていつするんだ?って時だと思うので、暖かく見守って下さい。

必ず、母を元通りの健康体に戻して家に連れて帰ります!!!

そうしたら、ぱ~と快気パーティーやりますよ~~~~。