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鹿沼に、用があり移動していたら。

高校時代に通っていたカート&バイクのこじんまりしたサーキット「鹿沼カートランド」が・・・・。

もう営業していませんでした。

思わず、車から降りてコースを1週してしまいました。

ここのコーナーは何速でとか、このコーナーに補修跡あったよな。とか、今でも鮮明に覚えています。

毎週の様に通い、シーズン中数回あるレースに出ていました。

スプリントと耐久のダブルエントリーとか。

とにかくテクニカルコースでレベルが高い場所でした。

国際A級ライダーがお遊びで参戦したり、やたら早い小学生がいてプロになっていたり。

JAMはバイクの免許を取って、「イロハ坂」に通いました。

そこで早いつもりで天狗になり。

行きつけのバイク屋のオヤジに「鹿沼カートランド」に連れて行かれ、己の非力さを痛感しました。

世界は広いと16歳の少年はその時感じました。

それからです。

狭い世界で自己満足したくないと思い始めました。

その経験からSnowboardも友達の中で上手くなっても、イントラの人たちから見れば全然だよな~。

と思い、しかし、踏み切れず。だらだらと回数だけは滑り込んでた。

「遊び」という事に逃げ込んで、チャレンジする事を忘れていたんだと思います。

バッチを取ってみて、満足は出来ず、やっぱり思い切ってチャレンジしようとおもいイントラの道に入ってしまった。

そしてB級。テク選と進む。

仕事も、満足できる事は無い。

もっと上がある。

日本中から、修理の車が運ばれて来る車屋になりたい。

で、納期はJAMの気分で何年でもお客さまは待ってくれる。(笑)

そんな、最終的に行き着く車屋になりたい。

だからJAMは「修理」にこだわるんです。

レースで早い車作るのより「修理」は奥が深い。

外車だから古いからといって誤魔化す車屋が後をたたない。

普通の車屋なら仕方がないが、専門店でも同様。

専門店の方が確信犯だったりする。

お店がシッカリしないと、素晴らしい車、文化は消えてなくなるだろう。

セレブが所有する、ヴィンテージカーではなく、一般の人が昔からあこがれていて
価格がこなれてきてやっと手に入れた車を特に応援して行きたい。


ってな具合に、考えてみればこのサーキットから始まったんですよ!

事務所の窓に2007.10.**  いつかプロになる。復活して下さい。なんでも手伝います。

とメッセージが。

同感。