お昼前の遅い午前なのか、それとも昼下がりなのか。
やわらかな日差しの中で、気持ちの良いコットンを通したような
やや黄色い光が届く場所。
1950年代のアメリカのオフィスビルのように、
油の染み込んだ木の階段と白くペンキで塗られた壁、
石の外壁の古くて高いビル。
その古いビルの6階だったろうか、そのパスタ屋は在った。
陽気で、アメリカの漫画にでてくるブタちゃんみたいな、
黒いロイド眼鏡をかけたウエイターが、
鼻唄まじりにパスタ生地を一日中のばしていて、
木製の心地よいテーブル席で客たちは、
手紙を書いたりマガジンを読んだりしながら、
パスタが運ばれてくるのを、いつまでも待っている。
その日は、そのビルのどこかで小さなフェアのようなものが
開催されているらしく、オフィスのみんなは、ちっとも仕事をしていない。
古いタイプライターや古い万年筆置きのある不思議な空間で、
やっぱり楽しげに唄いながら、毛糸の大きなぬいぐるみや
手編みのセーターや紙粘土で出来たハリボテの自動車や何かを
めいめい拵(こしら)えては、せっせと階段を降りてどこかへ運んでいく。
僕もあわてて運ぶのを手伝おうと、はりきって山積みのセーターを
運ぼうとすると、「大事なものだから一枚ずつね」と言われた。
よく見ると、みんな唄いながら、一枚一枚、丁寧だが
ひどく効率の悪い運び方をしていた。
やわらかな光の差すビルの屋根裏に、その娘は棲んでいるらしかった。
楽しげに唄を口ずさみ、くるくるとペンで絵を描いたり、
何か一生懸命作ったりしている。
この子は、仕事をしているのではなく、そこに棲みついた
乞食の娘のようらしかった。
彼女は、今日のために朝の7:30から、ここで何かを作っているらしかった
けど、先生や友達にけなされて、すっかり落ち込んでいた。
(近くの学校の先生だろうか?彼女は学校には行っていないだろうに..)
新入りの僕を見つけると、猫のように擦り寄ってきて、何かの唄を聞かせたり、
秘密の場所から見える風景を教えてくれた。その屋根裏は、案外に広く、
そして僕の知らない場所がいくつも隠されていた。
僕も楽しい気分になって、彼女と話をしたり、
いろんな場所へ付いていったりしているうちに、
「楽しみましょうよ、私が楽しくしてあげる」と、抱きついてきて
キスをしようとした。
「やめろよ、なめるな」と、僕は反射的に彼女を突き飛ばして、
古ぼけたビルの屋根裏の階段を降りた。
みんな相変わらず楽しそうに唄いながら、せっせとお祭りの
準備をしている。
..みんなが話していた娘って、きっと彼女のことだったんだ..
急にそんな確信が心の中に芽生えて、僕は目を覚ました。