先日、息子が言った言葉
























息子
小学1年生に戻ってやり直したい
もっと色々と皆みたいにできたかった
保育園が
自分のペースで過ごせて好きだった
息子なりに感じて日々を生きてる
皆と同じにできないことが
多かったよね
大きな音も苦手だったり
初めての事もどうしたら良いかわからず
皆と同じペースで
手先を動かすのも苦手
彼なりに大変だっただろう
大勢の人と異なる特性
普通級と支援級
選ぶのも難しい
この地域は各学校に支援級が無いので
週に一度、半日支援級に通う
息子は情緒学級に3年ほど通っていた
固定の支援級もあるのだけど
息子の特性だと合わないだろうと
言われていた
義務教育
学校は行って当たり前
そのような考えなら
もっと色々な選択ができるような
学校制度を作って欲しい
その子どもが楽しいよりも
疲れたと感じるのは
合ってないからだと思う
人それぞれ
得意なこと
苦手なことが異なる
少し前にみたドラマの話
小学校のクラスにLDの男の子がいた
引き算の筆算が苦手
先生や親、本人も悩み
算数だけは支援級で授業を受けることに
それをクラスの皆に先生がどう話すか?
クラスの子ども達は
一緒に勉強したいという子もいれば
その男の子に合わせて
授業が遅れるのは嫌だという子もいる
1人の男の子が
その子だけ電卓を使えばいいじゃん!
と提案した
先生は
例えば、電卓を使ってテストの点が皆より
良かったら、どう思う?
提案した男の子は
それは嫌だ…
これって本心なんだろうなぁ
と私は思う
多くの日本人の気持ちなのでは
ないかと思う
自分より何かが苦手な人を
助けたい気持ちも本当
でも自分より良くできるのは嫌
色々な人間が共存していく為に
何から始めたら良いのだろうね












毎日新聞より一部抜粋
相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」の事件で入所していた弟を亡くした女性のメッセージが6日、東京都内で障害を持つ当事者らが開いた追悼集会で読み上げられた。被害者が匿名で発表されていることについて、女性は「この国には優生思想的な風潮が根強くあり、すべての命は存在するだけで価値があるということが当たり前ではないので、とても公表することはできません」と、複雑な思いを明かした。












発達障害と診断される
子どもが増えている
個人的には
診断自体が良いか悪いかは分からない
たった1人だけど
発達障害と診断された息子と接して
感じることは
薬を飲ませてまで
大勢の人間に合わす必要性は
ないと思う
暴れるのは
その子どもにとって心地よくないから
うまく気持ちを伝えられないから
皆と同じペースでできないのは
何かしらやりづらいことがあるから
薬を服用されている家庭を
批判したい訳ではないです
成長期の子どもに
薬を飲ますリスクも考え
きっと色々と考えて選んだのだろう
厚労省も医者も学校も…
薬を使わずに過ごせる環境を
整えることをもっと検討して欲しい
国が発達障害の新薬を開発する費用を
製薬会社に出すよりも
もっと子どもの心身を守ることが
あるような気がしてならない
大勢の人と同じことをする
それって子どもの気持ちよりも
心よりも
大切なことなのかなぁ