北海道の男の子
無事に見つかり良かったです
そして
父親が息子さんに謝った時に
息子さんは
うん
と言ったという記事も読み、
たくさん親子でお互いの
思いを伝えあい、
触れ合って欲しいと感じました
これらの気持ちが根本にある事を
前提に書きます
躾か虐待か?
子どもは無事に見つかったけど
不思議な事が多すぎる?
など
多くの人が思っているようですね
この一連のニュースを見ながら
或る日突然
児童相談所の判断で親子が
離れ離れになってしまった人たちは
どのような思いで過ごしていたのかなぁ…
ずっとこの想いが溢れてきます
親子が一緒に住みたいと願っても
児童相談所の判断で
その願いが叶わない
児童相談所は
虐待をしたからの一点張り
では具体的にどの部分が
虐待に相当するのか?
それも曖昧
今の日本では
躾と虐待の認識が
人それぞれで温度差がある…
今回の北海道の置き去りの件で
改めて露呈されたと思いました
無理やり親子が引き離され、
子どもは
一時保護所や児童養護施設に
連れて行かれた親は
今回のニュースを見ながら
コレが躾なら
なぜ子どもたちと一緒に
今、自分たちは暮らせないのだろう?
という想いを強く感じた人も
いたのではないだろうか?
虐待の定義は
厚労省のホームページで
見る事ができる
今回の躾による置き去りは
虐待の定義に当てはまるのか?
その判断結果は
世の中の皆で一致するものなのか?
児童相談所の権限を強化しようと
躍起になっている今、
虐待と躾の線引きを
日本の大人たち皆が
同じ物差しで計る事が出来ているかで
子どもたちの未来が
大きく左右されると思う
この部分を
国民みなで改めて考えなければ
児童相談所の権限を強めても
笑顔の子どもたちは増えない
と危惧してしまう
【追記】
今回のお子さんも
悲しい怖い思い…色々な思いの中で過ごし
これからもメンタルでつらいことを思い出すかもしれません
その結果
親から子どもを引き離すことが良いのか
親と子どもで一緒に過ごしながら
良い方向に改善していくのが良いのか
この親子に限らず
他の親子でも
意味のない親子の引き離しを
されていないか?
うまく言えないけど
とても気になることです