別れ | ハムすけママのブログ

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一昨年の春に乳がんと宣告され、術前抗がん剤治療、その後左胸全摘手術を受けました。今も副作用の手足の指先のしびれがあり少々凹んでますが、同じように悩んでいる方と話しができればと思い初ブロに挑戦しました。

こんばんは。

夫の葬儀ですが30日に無事に終えました。

台風10号のこともあり義父さん、義兄さん、

夫の息子さん、そして私の4人と少ない人数

ですが1日葬でお別れしました。


22年の年末に肝細胞がんステージ3と診断を

受け、明けて23年の1月末に手術。

そして6月に入ってすぐに再発と肺への

転移が見つかりステージも3から4へ。

再発は基本、手術はせず化学療法となり

夫は抗がん剤治療を受けることに。

とても効果があり肝機能も良いまま続ける

ことが出来ました。


しかし、8月7日の検査結果で服用中の

抗がん剤を使うのが難しくなり、

次週からは免疫療法に切り替えることに。


14日の検査結果も悪く、その日は治療中止と

なり代わりに腹水を抜くことに。

2リットル抜きましたが、赤いってより

ブドウジュースみたいな色?

主治医から、がん細胞から少し出血してて

腹水が赤くなったと思われることと、

次週もう一度検査をして、結果が良ければ

免疫療法をしましょうとの説明を受け、

この日は帰宅。


21日にまた病院で採血採尿を受けたところ、

前の週まで良かった腎機能が急激に悪く

なっており、そのまま入院措置となりま

した。

22日に主治医から私だけ夫の状態の説明を

聞き、この状態では化学療法は続けられ

ないこと、そして入院中に心停止する可能性も

ありますと言われ、夫の体も限界に近づいて

いることを知りました。

そして、今後についても通院するより

在宅医療に変えては?と言われ、夫も以前

から家での看取りを希望してたこともあり

お願いしました。


病院のソーシャルワーカーに相談し、

豊田市の在宅医療を行える医者と訪看を

紹介してもらい、28日の10時退院として

予定をたてていただきました。


しかし、27日朝から血圧が下がり、病院から

呼び出された私はそのまま夫に付き添い

28日に介護タクシーで一緒に退院する

ことに決め、冷たい体をマッサージしたり

ホットコーヒーを飲みながら2人でたくさん

話しをしながら3時過ぎまで会話を楽しみました。

体が怠いせいか寝返りをうつけど、じっと

してるのが出来ないみたいでゴソゴソ。

足がベッドの柵から、はみ出したりして

ましたね。


いったん家に帰り退院に向けて、部屋の

掃除や布団を用意してたら病院へ帰るのが

9時くらいに。

ベッドで寝ている夫の様子が変で、あれだけ

ゴソゴソしてたのが動かず、顔だけ

横向きで話しかけても私を見てくれず、

耳元で大きな声でゆっくり話しかけると

軽く首を縦に振って小さな声で答えて

くれるのでした。


疲れと頭痛でロキソニンを飲んだためか、

知らないうちにソファーで寝てしまい、

看護師さんに起こされた時には、もう

旅立つ少し前。

機械の血圧や心拍数が下がっていき、波形も

徐々になだらかに。


27日の23時53分、夫は静かに旅立ちました。

痛みや息が苦しいとかは無かったためか、

最期は本当に穏やかな顔で、まるで寝ている

ようでした。


あなたは再婚なのに、前妻さんより不細工で

性格も頭も悪く、家庭的なところは一つも

無い私を嫁にして21年。

幸せでしたか?

楽しかったですか?

失敗したと思ってませんか?

私はね、あなたが思う以上にあなたのことが

大好きで結婚したことに後悔は無いし

幸せだったよ。

楽しい結婚生活でしたよ。


今は深い悲しみと孤独感で頭も心もいっぱい

いっぱいで辛くてなりません。

心臓がバクバクして落ち着かず、あなたの物を

処分するため袋に仕分けたりしてます。

そうしないと平常心が保てないから。

心の痛みを軽くするには時間がかかりますが、

私に耐えられるのかな。