2003年10月12日~旅日記より~

 

7時過ぎに来たバスに乗車しサンホセまでの舗装路を進む。

次々に乗客を拾いながら進み次第に満員になるころには未舗装のガタガタ道が始まる。

一番後ろの席に座っているので衝撃をより大きく受ける感じである。

行きも前後左右に揺さぶられる感じであったが、やはり同じように揺さぶられる。

またこれも行きでもあった検問所で、全員降車させられボディチェックを受け、車内に不審物等がないか検査もされる。

こういう場面に遭遇すると、やはりコロンビアも治安の悪い面は相当なものだろうと想像できる。

来るとき霧で見えなかった景色が美しく広がっているが、なんともこの揺れでゆっくり見ることも出来ない。

14時頃にはポパヤン着。

バスターミナル付近のホテルを当たってみるが値段は高目で諦めセントロへ行く。

町人に訊きながら安ホテルを探すも、どうもセントロではなく街道沿いらしく、結局街道沿いの安ホテルにチェックイン。

テレビ無し、アウトトイレでも7000$(約336円)なら自分には適価である。

荷物をバラし2Fno部屋へ運び入れ、自転車チェーン掃除後に、2000$(約96円)と格安の2度目の昼食を摂る。

ローカルな場所では格安で泊まったり食べられる場所があり、改めて長期の旅でこういう場所を利用していかなければと思った。

まだまだ旅は長く続くのだから。

 

●出費 10月 12日

●パン 4000、トマト 200、昼食 4500   夕食 2000、自転車等預け 3000、ホテル 7000  

計 18700(合計 1305450$)

 

※1US$⇒120円⇒2500$(コロンビア・ペソ)

1円⇒20.8$

 

2003年10月13日~旅日記より~

 

6時半には出発。少し眠たい。

乗馬のせいで普段使わない筋肉を使い筋肉痛。

走り出しすぐ上りとなり、その後もアップダウンが続き、Timbioを過ぎRosasへ向かうまでに山を越えた。

しかしいつも下り道で進行方向に伸びる上り道を目にすると「せっかく上がってきたのに」と、苦労して上がったのにサ~と下ることのもどかしさと言うか・・・。

Rosasを過ぎて想定が外れ急な上りになり、ついにしばらく押し歩く時間となる。

と、空荷のバンが停車し、自転車ごと乗せてくれるとのこと。

車内には自転車の女性も乗せてもらっており、自分も3kmぐらいの距離を乗せてもらった。

ゲリラやマフィアの印象が大きかったコロンビアだったが、多くの普通に暮らす方々からは親切を受けることが多い。

日本では事故や暴動、犯罪など危険なニュースしか報道されないが、その1部の報道をあたかもその国全ての印象のように捉えてしまっていたことは大いに反省しなければいけない。

その後、EL Bordoまでは少し上がったものの下りメインで体力の消耗は防げた。

太陽も出ており標高1000mになり暑く感じる。

今日はエル ボルドまでと決めセントロ付近で宿交渉は2軒目のレストラン併設のホテルに決めた。

12000$(約576円)もするのに部屋は暗くボロい。が、良しとした。

街道沿いを歩きジャム、氷などを購入した。

昼食はいつものローカルな定食。

明日の予定を立てるため、ホテルの従業員に次のホテルがある街までの距離などを説明してもらうが、なかなかわかりずらく、日記帳の空いた場所に書いてもらったが、やはり分かりにくかった。

19時頃から雷雨になり、24時前までに4、5回停電を繰り返した。

 

◆走行距離 80km ◆総走行距離(7445km/78日間)

◆最高時速 57.5 km/h

◆平均時速 15.7 km/h

◆時間   5時間07分

 

●出費 10月 13日

●パン 2000、氷 2850、ジャム 2500、牛乳 1200、昼食 3000、夕食 3000、ホテル 12000

計 26550(合計 1332000$)

 

 

※1US$⇒120円⇒2500$(コロンビア・ペソ)

1円⇒20.8$