「不要不急」か、「要・急」か | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

テレビアニメ、ドラマ、映画と何でも書くシナリオライターです。
24年7月テレビ東京系で放送開始の「FAIRYTAIL」新シーズンに脚本で参加しています。
みんな観てねー。

 

 相変わらず自分でも呆れるほど写真が下手で、同居女子にもいつも「まさしは写真、下手ね」と笑われている。にも関わらず、マンションの隣のオフィスビルの根元まで行き、上の写真を撮ってみた。今日の午後である。

 3月29日から羽田空港の発着用出発路と進入路(空の高度と方角、コースの事)が変わり、南風の日限定で午後3時から7時までは、こうして私の住む新宿区の上空を旅客機が通過するようになった。写真がアレなのでどうも迫力がないのだが、見た目にはもっと大きくはっきりと見える。

 南風の日限定というのには理由がある。

 旅客機は空港での離発着の際、向かい風の状態でこれを行う。つまり、羽田の着陸用滑走路に南からの風が吹いている時には、その風に向って降りていくという事になる。そのための空の着陸用ルートが、これまでと変わって都心の上空になったので、こうして新宿の上を通過する事になった。見ていると、目の悪い私でも既に車輪を降ろして着陸態勢に入っているのがはっきり見えるので、なかなかの迫力である。

 この新ルートについては、騒音問題、部品の脱落の危険性の問題、さらにはこれまでより着陸時の機の迎え角を大きめ(きつめ)に取らなければならない為に「安全性は大丈夫なのか?」という危惧の声など、様々上がっている。勿論いずれも事故につながるような事があってはならない問題だが、飛行機好きの私としては、その心配は承知しながらも、暖かい日、つまり羽田の風がおそらく南風であろう日の午後になると、つい家の窓際に行って空を見上げてしまう。

「あ、きたよ」

 午後3時くらいになり飛行音が聞こえてくると、そう同居女子に教える。

「どれどれ……あ、きたきた。おっきいねー」

 二人で、かなり大きく見える旅客機のお腹を見上げ、そう感嘆するのが日課になっている。

 飛行機好きなのを差し引いても、騒音はさして気にはならず、窓を閉めていれば気がつかない時もあるほどで、となれば、種々の問題はさておき、午後になるといつも眺める日々が続いている。

 その時は、ここしばらくいつも同居女子が一緒だ。

 理由がある。

 

 先週末、小池都知事が週末の外出自粛要請をしたが、その後今週のなかばくらいからだろうか、都内の感染者数が急に増えてきた。

 私はいえば「一年中テレワーク」のような仕事だからさして問題はないのだが、同居女子はテレワークができない仕事なので、ここ数日やむを得ず仕事を休んでいる。よって、ずーっと家にいて、出不精な私と違って出好きなので、いかにもつまらなそうな顔をしているのだが、とにかく「不要不急の外出」は控えている。

 いきおいヒマで仕方がないらしく、ネットで映画を見ているかと思えば、午後になると私と窓際に並んで着陸していく旅客機を眺めるという状態になっている。

「仕事が休みになって、(収入は)大丈夫なのかい?」

 旅客機のお腹を眺めながら私が尋ねると、彼女はこともなげに言う。

「だいじょぶじゃないけど、これじゃ慌ててもしょうがないよ」

 その通り、としか言いようがない。

 

 だが。

 ある日、窓際に二人でスズメのように並んで旅客機を眺めていた時の事だ。

 今度は彼女が尋ねた。

「来週も、脚本会議、あるの?」

「うん。変更のメールは来てないから、いつも通りあると思うよ」

 彼女は難しい顔で、聞いた。

「まさしのアニメの仕事は、『不要不急』?それとも『要、急』?」

 そう言われると咄嗟には答えられなかった。

 旅客機が行ってしまった後の青空を見上げながら、しばらくして答えた。

「世間的にはどう見ても『不要不急』だろうね。ただ……」

「ただ?」

「このまま今の状態が長引けば、子供が家にいる時間もずっと続いて、ストレスももっと溜まっていくだろ。そうなった時、楽しみにしているアニメまで『不要不急』だからって放送しなくなっちゃったら、彼らのストレスのはけ口が少し減っちゃうと思うんだ。だとすると、子供たちにとっては『要、急』なんだろうね」

「そっかー」

 同居女子は、私が感染しないように十分注意しているとはいえ、週に一度電車に乗って脚本会議に行くのが心配らしい。もっとも直接そう言わない辺りが、彼女自身も「アニメは不要不急ではないが、かと言って要、急でもない」という狭間にあるのを認識していて、それを私に確認したかったらしい。

 私は続けた。

「といって、『子供たちのために何としても作り続けるんだ!』っていうほど大袈裟な感情はないよ。いよいよとなれば都内の企業活動がストップして、アニメもしばらく作れなくなるという事態になるかもしれないし。とはいえ、続けられる限りは続けるしかない、そんなところじゃないかな」

 彼女が聞いた。

「アニメはテレワークじゃ作れないの?」

「微妙。脚本会議や作画の作業は、テレワークでもできる。でも、アフレコスタジオに声優さんが集まって収録するのは厳しくなるかもしれないし(注:今のところはほとんどが感染に注意しながら続けられている)、もしテレビ局内でクラスターでも起きれば万事休すだ」

「ふーん……」

 私は正直に話を締めくくった。

「でもね、『いけるところまではいく』。今のところ、業界のみんなはそんな気持ちで仕事してるんだと思う」

「まさしもそうなの?」

「うん。日頃労働条件の事なんかでブラックだなんて言われてる業界はね、こういう時は意外に雑草的強さを発揮するもんなんだよ」

「そっかー……」

 

 と、毎日午後になると、大迫力で頭上を通過していく旅客機を眺めながら、そんな会話をしている。

 もちろん、自分が無自覚のうちに出歩いて感染源になるような事があってはならないが、「不要不急か、要・急か」という問いは、アニメの仕事において意外に大きくのしかかってきている。

 今は、ただひたすら感染の拡大が止まる日を待ちわびるしかない。

 そして、私と同居女子にとっては、午後に飛行機のお腹を眺めるのが、子供たちにとってのアニメと似たようなストレス発散になっている。

 

 今年の春は、そんな春である。