同居女子、やらかす | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

テレビアニメ、ドラマ、映画と何でも書くシナリオライターです。
24年7月テレビ東京系で放送開始の「FAIRYTAIL」新シーズンに脚本で参加しています。
みんな観てねー。

 新型肺炎の拡大が次第に深刻な局面にさしかかってきた。

 マスコミは不用意に騒ぎすぎだと思うが、それにしてもお年寄りや持病を持つ方にとっては用心に越した事はないから、その意味では間違いなく「深刻」である。

 とはいえ、いたずらに不安に駆られてあらぬ行動に出るとロクな事にはならない。それに、こう不穏なニュースばかりが渦巻いていると、少しほっとする話題はないものか、とも思う。

 そんな折も折、同居女子がやらかした。

 特に不謹慎な記事だとも思わないので、しばし「ほっ」としていただけたらと思う。

 

 数日前の夜。

 私が新作のテレビアニメの脚本をせっせと書いていると、同居女子が仕事から帰ってきた。

「た、ただいま」

「おかえり」

 脚本を中断してそう答えたのだが、どうも様子がおかしい。どこかおどおどしていて何か心配事があるらしく、目が宙を泳いでいる。

「どうしたの?」

 彼女は何だか動揺した様子で言った。

「ま、まさし……ネットのニュース、見た?」

「ん?新型(ウイルス)の?」

「う、うん」

「ああ、いろいろ見てるけど、どうも大袈裟なのが多くていけないよ。ちゃんとした情報がなんなのか、見極めるのが難しいな。死者数ばっかり煽ってるし、回復した人の事をもっと知らせないとね」

 が、そんな私の言葉などたいして聞かず、彼女が言った。

「トイレットペーパーが売り切れてるって」

「え?」

 職場でそんな話を同僚から聞いたのだという。さらに帰りの電車で誰かのSNSを見ていたら、「なくなる!大変!」という書き込みがあったらしい。

「まさし、ほんとに?」

 寝耳に水だったので、私はぼんやりして答えた。

「さあ……マスクならわかるけど、なんでトイレットペーパーが?」

「なんかね、日本のトイレットペーパーってほとんど中国で作ってて、だから今作れなくなってて品薄なんだって」

「えー?」

 日本のトイレットペーパーがほとんど中国産だなどという話は聞いた事がない。

 どうも様子がおかしいと思い、PCで検索してみた。

「どう?」

 彼女は不安げに私の後ろからPC画面を覗き込んでいる。

 と……。

 目当ての情報(確報)はすぐに手に入り、私は呆れてしまった。

「これだよ、これ。デマだってさ」

「えっ?」

 驚いている彼女に、見つけた確かな記事を見せながら説明した。

「日本のトイレットペーパーは中国産じゃなく、ほとんどは国内生産。だから普通に買ってれば品切れにはならない。一部店舗で品薄になってるのは、このデマを信じた人たちがまとめ買いしちゃったからだ。つまりは、デマだよ」

「……」

 同居女子はポカンとしている。

「なんだ……デマなのか……」

 私は言った。

「だからさ、こういう時はデマが出やすいのさ。しかも今はネットで拡散しやすいだろ。ちょっと記事を見ただけで慌てて買いに走るとこういうバカげたことになる。情報はまず真偽のほどを確かめてだね……」

 ところが。

 

 彼女は、帰宅して一度は脱いだ白いダウンをまたザラザラと着込み(着る時にザラザラという音がする)、ジッパーをチーッと上げている。

「ん?どこ行くの?」

「スーパー。念のためよ。トイレットペーパー、買ってくる」

「おいおい」

 聞けば、デマだとわかったもののどことなく不安で、買わずにいられないとの事。

 私は笑いつつも釘をさした。

「デマなんだから買い占めはダメだよ。一つ(よくある8ロールで1セットのやつ)にしときな」

「はーい」

 よほど動揺して帰ってきたらしく、デマだとわかっても安心できないようだった。

 サンダルをつっかけて近所のスーパーに出掛けて行く彼女の音を背中に聞きながら、私は仕事に戻った。

 

 スーパーがごく近いので、同居女子はすぐに戻ってきた。

「ただいま」

「おかえり」

 見ると、8ロール入りのトイレットペーパーを2セットぶらさげている。

 私が呆れてその「二つ」を眺めていると、さすがに彼女も笑い出した。

「あははは。心配だったから二つ買ってきちゃった。これくらいなら買い占めにはならないでしょ」

「そりゃそうだけど……」

 しかし……。

 さらによく見ると、その「二つ」のうちの一つが、どうも様子がおかしい。

 私はそれをジーッと見てから何がおかしいのかに気づき、彼女に言った。

「あのさ、それ」

「ん?」

「左手にぶらさげてる方。それさ、トイレットペーパーじゃなくて、キッチンタオルだ」

「え?」

 自分の左手にぶら下げているそれを見て、彼女はさっき「トイレットペーパー騒動がデマだ」とわかった時と同じくらい呆然としている。

「あ……」

 日頃夕食の食材をそのスーパーに買いに行く私は、当然たまにトイレットペーパーも買う。

 前々から気になってはいたのだが、そこの売り場では、何種類も並んだトイレットペーパーの山の隣に、巻いたロール型のキッチンタオルが、あたかも「これもついでに買ってね」と言わんばかりに並んでいて紛らわしいのだ。私は、料理をする時に、揚げ物の油を取ったり魚介類の水気を取ったりする、つまり食材を包んだりする用途のキッチンタオルがトイレットペーパーと同じ形状だとどうも気になるのでそれを買った事はなく、ティッシュのように一枚ずつ引き出すタイプを使っている。従ってロール式の、つまり「トイレットーパーによく似ているが、実はキッチンタオルなのだ」という商品が、我が家に初めてやってきた事になる。

 紛らわしいキッチンタオルを眺めながら言った。

「こんなにでかでかと『激吸収』って書いてあるぞ。普通トイレットペーパーにそんな事書いてないでしょ」

 同居女子は顔を真っ赤にし、逃げるように台所に行ってしまった。件のキッチンタオルをしまいに行ったらしい。

 戻ってきた彼女が消え入るように言った。

「は、恥ずかしいわ……」

 まずデマを信じて動揺したのが恥ずかしい。私が「デマだから心配するな」と言ったのに、それでも不安で急いでトイレットペーパーを買いに行ったのが恥ずかしい。さらに不安がぬぐえず二つ買ったのも恥ずかしい。

 とどめに、二つのうちの一つはあろう事かトイレットペーパーにそっくりなキッチンタオルだった事が恥ずかしい。

 彼女はまた言った。

「は、恥ずかしいわ……」

 私は仕事に戻りながら、笑いながら言った。

「いい教訓だよ。『こういう時だからこそデマには注意する事』。それともう一つ『こういう時だからこそ何かにつけ慌てない事』」

「気をつけます……」

 そうとう恥ずかしかったらしく、途中から何故か敬語になっていた。

 

 可笑しいやらなにやら、その後彼女は新型肺炎に関するニュースに触れると、必ず私に「まさし、これ、ほんと?うそ?デマ?」と確認するようになった。

 その都度ていねいに真偽のほどを分析して答えているが、答える私とて、これほどたくさんの情報が溢れていると、真偽を見極めるのは容易ではない。

 とにもかくにも、慎重になるしか方法はないのだが。

 

 皆さん、こういう時だからこそ、デマには注意しましょう。

 

 そして、買い物の際には商品をよく確かめましょうね。