みなさんこんばんは🌆メムです。
このブログのカテゴリは一体何なんでしょうw
わたしは以前、「お金はあればあるほどいいし、お金に困らない生活がしたい」
などと考えていました。
で、最近になって、
こんな考え方してたからいつもお金に悩まされてたんだなー
てことに気づきましたよトホホ。
あのね、これから言うことは、「お金のことばかり考えるのは下品です。お金に振り回されるのはやめましょう」的な清貧の思想や道徳や倫理の話ではありません。
現実的に、「お金に不自由ない生活をする、本当の意味で豊かな人」になるためのものです。
で、「お金はあればあるほどよい」について。
一見、なーんも変なことないしごくごく当たり前のことではないか?と思いませんか?
お金はあればなんでもできるし、嫌なことをせずに済むし、いくらあっても困らないし。荷物にならないし、なんて。
で、この考えが「貧乏まっしぐら」な人生を作る、てどゆこと?
実はね、「お金はあればあるほどよい」なんてことを考えるのは、深層心理的には、
いくらお金があっても足りない
という強い暗示をかけてるのと同じなのです。
いくらあってもよい、上限なしにある方がいい、てことは、どんな額があってもそれで満足ではない、足りない、いずれ無くなるから無限に欲しい
欲しい 欲しい 欲しい
て叫んでるのと同じよね?
それはつまり、
今金が足りない、無い 無い 無い
と、心の中で叫んでるのと同じです。
いくらあってもいいし、使えば無くなるからいくらでも欲しい、て考えは、
どんな額があっても無限に足りないという、本当の意味での貧乏になるための考え方❣️
なんですよねー💦
言葉とか考え方というのは表裏一体となってて、その裏の意味がキョーレツに作用することも多い。
いや、むしろ、裏の意味の方が、無意識なだけに、人生そのものを支配するかもしれません。
お金のことなんか特に、「清貧」とか、「幸せなお金持ち」とか、なにがなんだかわからないくらいごちゃごちゃな想念をべったりくっつけられてるから、よけいややこしい💦
じゃあ、どう考えたらいいか、ていうと、
たったいま、幸せになるためにするのに必要なお金はどれくらい?て考えてみてください。
一年後に幸せになりたいとか、そんなんではなく、今すぐにしたいことです。
何度もいうようだけど、わたしたちには「今この瞬間」しかないのだから、一年後の幸せなんて物理的に、原理的に、宇宙的な観点からも、そんなものは永遠にあり得ないんです。
で、「今この瞬間してて幸せになること」とは?
わたしの場合は、こうして、みなさんにブログを書くことですし、
疲れてる時は、家事なんてすべて放り出してゆっくりしたい、ですし、
朝ゆっくり眠りたい、だし、
本をゆっくり読みたい、だし、
そんなことばかり↑↑お疲れ様みたいねわたし笑
あるいは、今ピアノを弾きたいな、とか、
今こどもに笑顔で接したいとか、
職場の人と心を通わせたい、とか
一人になりたい、とか←実はわりとぼっちが好きw
ん?今すぐ感じる幸せに、お金関係なくね?
て、掘り返せば掘り返すほど、気づくんですよ。
では、お金てなんだろ?て考えると、
必要なときに必要なだけ巡ってくる「互換性の高いエネルギー」の一種
てことですよね?
ここで大切なのは、
必要なときに必要なだけ巡ってくるエネルギー
なんだから、そもそも、いくら欲しいとか、いくら足りないとか、金額関係ない。
必要なときそのお金が巡ってくれば、仮に今無一文でも豊かに暮らせるし、
逆に、今100億あっても、二年後には借金1000億になって破産するんです。
↑千昌夫さん覚えてますか?これ実話です。
要は、
いつだって必要なときにお金が湧いて出てくる財布を、わたしたちはみーんな持ってるのに、
敢えて「あってもあっても足りない、無い無い無い」と思い込んでる人が多いんです。
つくづく、江戸時代の日本人は超先進的な人類でした。彼らは、「いつでもどこでも必要なだけエネルギーやお金は巡ってくる」ことを知っていて、だから「毎晩お金を使い果たして無一文になることこそが粋である」て言ってたわけです。
こういうことを書くと、じゃあ北朝鮮とかアフリカとか、今日食べるものもないほど貧しいのはどーいうこと?と思うかもですが、
そんな、自分の世界とは無関係の遠い国や一人も知り合いのいない場所の事実を自分の世界に持ち込む必要ありません。
もっといえば、ロシアやウクライナが戦争しようがそれを自分の世界に迎え入れる必要ある?
ましてや何十年先に来るかもしれないw食糧難?wで、遺伝子組み換えゴキを食べる準備するwとか、
もーへそが茶を沸かすぐらいの宇宙的に「有り得ない」ことです。アホみたい。
今この瞬間、宇宙にはすべて揃ってる
日本人とロシア人だけが、この考え方をもとに文明を築き、長く栄えた歴史があります。
もーあちらのやりかたに付き合う必要ありません。
こうして伝えることができて、幸せです。