僕の子供のころは、プロ野球で、
ジャイアンツが全盛期で、
夢中になって野球をやったし、
見たものだ。
でも、時がたち、ONがいなくなり、
だんだん野球熱が冷めた。
ある日、それでも、プロ野球中継を
見ていたら、「所詮」という言葉が浮かんだ。
「どっちが勝とうが負けようが、
所詮、球場の中の話じゃないか。
これで、俺の生活変わるわけじゃなし」
そう思ったら、急激に冷めた。
大学生の時は、
インベーダーゲームが
熱狂的に流行った。
初期のゲームというのは、
家でやるものではなく、
喫茶店で、百円入れて、
ピコピコやったもんだ。
僕は、反射神経系ゲームが不得意で
投資した割には、インベーダーは
うまくならなかった。
それから、何年か経ち、
「ドラクエ」に出会い、はまった。
そのころ、会社に勤めていたので、
会社から帰ると、寝る時間を削って
「ドラクエ」だけをやり続けた。
金曜日の夜に帰ると、ほとんど
徹夜でやり続け、土曜日は一日中、
日曜日も一日中、月曜日の早朝に
仮眠をとり、寝不足で、いやいや
会社に行った。
しまいには、「世捨て人」になっちゃうん
じゃないか
と自分自身で心配になるほどだった。
こんな人って結構いたよね。
でも、今は、ゲームはやらない。
歳をとって、ゲームに集中すると、
目はちかちかするし、肩はこるし、
で、生理的に耐えられないのだ。
それに、特に、RPGは、
そういうふうに、サルマス的に
熱中しないと、面白くないんである。
それも、ある日、「所詮」という言葉が
頭の中に浮かんで、やめたのだった。
「いくら時間を費やしても、所詮、
ゲームの中の話じゃんか。
ばかばかしい」
そう思ったのだ。
だからもうゲームはやらない。
ほかにも、「所詮」と言って、
捨ててしまったものはいっぱいある。
人間、1日24時間、1年365日。
寿命は80年くらいしかない。
だから、「所詮」を繰り返して、
いろいろなものを捨てていかないと、
時間が足りなくなる。
だから、仕方ない面もある。
でもね、
そんなこと言い出したら
結局
「所詮、人間死んじゃうんだから
何しても無駄さ。」
ということになりはしないだろうか?
ということも言える。
だからね、僕は、これから
「所詮」と言う言葉を使うことを
禁止しようと思う。
世の中、どんなことでも、
ばかばかしいと思えば
ばかなかしいんであって、
「所詮」と思えば、「所詮」
なんであって、そんな悟ったふうな
ことばかり言っていたら、
結局、つまらなくなってしまうじゃないか。
悟んなくていいや、僕は。
死ぬまで悟んないぞ!
いや、死んでも悟るもんか!
一休さんは、死ぬ時、
「死にたくない!死にたくない!」
って言ったそうです。
悟んなかったんだなあ。
一休さん。
尊敬するなあ。
人生なんて、所詮そんなものでしょ。
きっと。
もうすぐ節分!鬼退治には、ヒロN式!
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