第9話「オールデイズ・バッド・グッディーズ」
霧雨が降っていた。
暖かい雨だった。
彼は目覚めると、時計を見て、上半身だけをベッドから起した。
出社は、午後からだった。
彼は、霧雨の静かな音に、目を覚ましたのだった。
出社は、午後からだった。
彼は、ベッドの頭の先から一冊の本を取り出した。
女性ジャーナリストが撮影した、ハレムの写真集だった。
十年前、当の本人に贈られてから、彼は、この写真集を眺めていた。
アンジェラ=デイヴィスがいた。
ブラック・イズ・ビューティフルだ。
彼は、半分目を閉じて、写真集を眺め続けた。
街角で踊る脚の長い黒人がいた。
振り向いた彼の横顔に陽の光が当たり、彼の頬は、なめし皮のように光っていた。
日本人と黒人の混血の少年が写っていた。
少年と呼ぶには、その子は小さすぎるようだった。
彼は膝を立て、ベッドの枕にもたれかかった自分の背中に位置を直して、ページを繰った。
ふと気がついて、コンポートのラジオのスイッチを入れた。
1950年代のスイングジャズが白っぽい部屋の空気に流れた。
グレン=ミラーだろうか?と彼は、目の隅で考えた。
“昔はそんなに遠くない、昔はそれほど悪くない”
ハスキーでジャジーな女性ボーカルがスローテンポで呟くように歌っていた。
彼は、あくびをひとつして、コーヒーを入れることを決心した。
少し、疲れが残っていた。
第10話「シーウインド」
風が強かった。
彼と部長は、海岸沿いのゴロタ道を歩いていた。
彼は、ふろしきに包んだウイスキーの箱を抱えていた。
これから、彼は、部長と漁協組合長に、取材の申し入れに行くところだった。
春一番のひどい風が吹いていた。空は晴れ渡っていたが、砂交じりの風に、目が開けていられなかった。
半歩先を行く部長のコートが面白いようにはためいた。
組合長は、市会議員もしている、この土地の古くからの網元だった。
今度の番組は、この小さな漁村に持ち上がった中央大資本によるリゾート開発の買収騒ぎとそれに伴なって巻き起こった地元の激しい利権争いを生々しく捉えるというのがテーマだった。そのためには、地元の実力者のこの網元にぜひ協力してもらわなければならなかった。
大邸宅に住む、その老人は、彼の局の申し入れを、快く了承してくれた。その裏には、実力者らしい、さまざまな利害計算が働いているようだったが、それでも、彼も部長も事態の上首尾に安堵した。
地酒を出され、大皿盛の刺身を出され、果ては夕食まで、という誘いを汗だくで断って、今度は、帰り道を、みやげの魚を抱えて帰らなければならなかった。
それは、見事な鱸だった。
部長は、やや大きい鱸を、彼は、やや小さい鱸を手にした。
日は傾きかけていたが、空は、まだまだ青さを失っていなかった。
凄まじい青だった。
彼と部長は、その下のゴロタ道を、魚を引きずるようにして歩いた。
突堤まで行って海を見よう。と部長は言った。
いいでしょう、と、彼は答えた。
二人は、古い映画の喜劇役者のように、よちよちと歩いて、百メートルほどある突堤の先端まで行った。
海面は、鮮やかに青い空の色を映して、紺碧色をしていた。
海鳥が、ミイミイと声を立て、風に逆らって、遊んでいた。
突堤の先は、風がいよいよ強く、コートとズボンがバタバタと鳴った。
ふたりは、その中に、しばらく立っていた。
彼は、部長の髪が滑稽な形で、乱れ騒ぐのを見て笑った。
部長も彼の髪を見て笑った。
第11話「マイ・ファニー・バレンタイン」
彼は、有給休暇をとり、彼女を呼び出した。
厄介な仕事が一段落し、少しのんびりしたいと思ったのだ。
彼女と会っていると、彼は神経が休まり、本当にリラックスできると思ったのだ。
彼女は、普段勤めているブティックのアルバイトを休み、彼のアパートにやってきた。
戸口で、彼女に待ってもらい、彼は、戸締りをして、おもてに出た。
天気がいいから公園にでも行こう、と彼は提案した。彼女は笑ってうなづいた。
それなら、お弁当を作ってくるんだったわ、と彼女は言った。
彼は笑った。
外は割合と暖かく、気持ちのよい風が吹いていた。軽いこーとではちょっと汗ばむほどだった。
彼と彼女は、アパートから公園までの桜の並木道をゆっくりと歩いた。
その道は、ちっぽけで、名もない並木道だったが、彼と彼女のお気に入りの道だった。四月には、淡いピンクの花が一斉に咲き誇り、三日ほどで、もろくも散った。
彼は、散った花びらが風に吹かれて舞い上がる様子もすばらしいんだ、と彼女に言った。
彼女はうなづき、少々大きくなった並木の花芽を見つめた。
彼と彼女は、まだ、一緒に、桜の季節を過ごしていない。
見ているうちに、花芽が大きくなるような気がした。
彼女は、日にさらすように、長くウェーブのかかった髪を振ってみたりした。
陽の光は申し分なく暖かくなってきた。
彼女は、自分の薄茶色のトレンチコートが、少し重いのではないか、と心配した。
そんなことはない、と彼は言った。
彼女は、彼の腕を取って、肩に頭を持たせかけた。
かん高く、はやす声が聞こえた。
見上げると、道沿いの中学校の校舎に少年達が、鈴なりになって、口々に彼と彼女をはやしていた。皆、黒い詰襟の制服を着て、にきびができていた。
彼女は、それを見て、ほんの少し微笑み、彼に口づけをした。
一瞬、少年達は、黙りこみ、それから、はやす声が一層大きくなった。
おじさん、おばさんは読むべし!
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