こちらの続き。

 

 

 

話を聞いてもらうことが

 

とても嬉しいと感じた私。

 

 

それ故に私は母に全く話を

 

聞いてもらえてないことを

 

改めて実感した。

 

 

毒母であった母。

 

母もまた祖母に

 

話を聞いてもらったことが

 

ないのだろうと思う。

 

 

 

「聞く」ことは

 

「認めて受け入れる」ことなのだと、

 

この初級講座、初日を終えて、

 

私が気付いたことなのだけど。

 

 

 

私は毒母である母に

 

認めて受け入れてもらえていないと

 

ずっとずっと感じて生きてきたのだ。

 

 

 

母にそんなつもりもなかっただろうけど。

 

そんな母もまた同じような

 

感覚を持って生きてきたのだろう。

 

 

 

認めて受け入れてもらえないことが、

 

とてもとても悲しく辛いことなんだと、

 

認めて受け入れてもらえることが、

 

とてもとても嬉しく幸せなことなんだと、

 

そんな両極端の感覚を覚えた初級講座。

 

私には、とても大きな気付きとなった。

 

 

 

自分の存在を認めて受け入れてくれる、

 

自分の気持ちを表現しても良いんだと、

 

そんな安心感を得られる、

 

「聞く」ということ。

 

 

 

仕事で接する子供たち、

 

もちろん我が子にも、

 

何より自分にも、

 

「聞く」ことをしようと思う。

 

 

 

そして、母や祖母の話も

 

聞いてあげようと

 

慈悲深い私wwwは思うのだ。

 

 

 

彼女たちこそ、話を

 

聞いてもらったことがないのだから。

 

 

私はこれから、自分も

 

息子の話も本当の意味での

 

「聞く」ことが出来るけど、

 

彼女たちの話を本当の意味で

 

「聞く」ことの出来る人間が、

 

他にいないだろうから。

 

 

 

あぁ〜、私ってなんて

 

愛が深いのだろうwww

(自画自賛)

 

 

 

若い頃は恨み辛みの塊だった。

 

本気で母に対して

 

「死ねば良いのに」と本気で思っていた。

 

私の人生は復讐の人生であった。

 

でも、もうそんなところからは卒業だ。

 

母や祖母を癒やすことが出来たなら、

 

真に私は癒やされるのかも知れない。