日本だと、

「おもちゃ貸して!」

と言われたら、

「ほら、貸しなさい」

と渡すことがやさしさだと思われたりします。

 

↑私もそうやって言われてきたし、

 

息子にも同じことを言ってきた。

 

それが、

 

「自分の気持ちより、

相手の気持ちを優先しましょう」

 

に繋がるなんて思いもせずに。

 

「あの子、ずっと待ってるね。

どんな気持ちで待ってるかな?」

 

↑こうゆう発想、全くなかったな。

 

相手がどんな気持ちでいるのか、

 

それを息子に考えさせるなんて。

 

とりあえず、「貸してあげなさい」

 

「お友だちが使いたいって」と

 

その子の気持ちを想像してみる、

 

そんな風に伝えたことはなかったし、

 

息子に息子の気持ちを

 

聞くこともしてこなかった。

 

 

 

今は、息子の気持ち聞いたりしてるけど、

 

息子が小さい時は、心のことは

 

全然知らなかったから

 

自分が言われてきたように言ってきた。

 

 

 

●とりあえず、「私が悪い」って思っちゃう、

●「みんななかよく、穏便に」って我慢しちゃう、

という癖を持っていると、気づきにくいよね。
 

全く気付かなかったわwww

 

「これは君の権利だから、

こういうことを命じられたり、

禁じられるいわれはない」

 

 

「私が そんなに 粗末に扱われてはいけない。

 私には、幸せに生きる権利がある」

という当たり前のことを、当たり前だと思えること。

 

「子どもたちが」、

じゃないよ

「私たちが」当然のことと思えること。

 

 

↑心に刺さった。

 

 

 

 

私は性暴力被害者だと言うと、

 

被害者意識が強まる気がする。

 

私は性暴力被害の経験があると言うと、

 

被害者意識が少し弱まる気がする。

 

 

 

 

私は性暴力被害の経験がある。

 

いずれも小学生の頃だ。

(数回、加害者は異なる)

 

 

 

 

そっか、

 

私は粗末に扱われてはいけない。

 

それが当たり前に思えること。

 

 

 

私も息子にも伝えていきたい。