季節はまだまだ冬ですが‥
↑何か球根の芽が出てきました。今日発見したものです。
おそらくはヒヤシンスではないかと思います。私的に春一番発見!
↑去年の秋~今まで枯れずに元気な葉っぱ‥フリージアです。今の時期にこうして見られるのは季節外れかと思います。環境の変化が影響しているのでしょうかね。
↑挿し木から根を付けた沈丁花です。写真のほうが少し大きいくらいのサイズです。
一昨年にも挿し木成功したのですが、植え替えをしたら見事に枯らしてしまいました。植え替えは本当に難しいです。大きく育っても根に傷をつけてしまうと枯れると言われます。枯らしてしまった教訓として、あまり小さなうちは植え替えをしないほうがいいということを思いました。
↑そして沈丁花の親の木です。かなり太く成長しましたが、買ってきた頃(今年で4年目になる)は、茎の直径も8ミリくらいの細さでした。沈丁花は根がとても弱いと言われているので、ド素人の自分が育ててここまで成長し、子孫まで出来た事は奇跡に近い‥と思っている。w
↑セイロンベンケイソウの葉っぱを接写で写したものですが、葉の周囲には子が出てくるのですが、その部位から水が出ていました。生きている事を感じた。葉っぱから子供が出るなんて珍しいなぁ!ということから、セイロンベンケイソウの葉っぱ2枚(2種類)を買い、5鉢、株の数にして50株にまで子孫繁栄いたしました。しかし秋から冬の管理が下手で、いまだに開花を見ていません。
写真はありませんが、明治生まれの死んだ母方の婆ちゃんから受け継いだ万年青(おもと)があります。
母から株分けにて譲り受けたものです。母は脳疾患にて身障者になってしまったため、もう植木の世話はできません。母が言うには万年青は赤い実が成るそうです。しかしそれも一度たりとも見ていません。生育する環境を整えて、今年から来年にかけて、実を結ぶ事を目標にしたいと思っています。
優しかったお婆ちゃんの思い出も幼少の頃の記憶までです。母にとっては親の形見です。株分けして室内で水やりだけでもいいから置いてもらおうと話しはしたのですが、やはり病気のせいなのでしょうか?あんなにも植物が好きだった人なのに、全く興味を示しません。最近では電話をすると昔の話しがとても多くなってしまった。まるで写真のアルバムの思い出を見ているように話すんです。老いると皆そうなんでしょうかね。
なんか寂しい気持ちになりました。
母が病気がちになってから接するうちに、植物にハマりました。しかし色々教えてもらう前に脳内出血にて倒れた。もう少し時間が欲しかった。テキスト的に栽培法を知ればいいというものではないんです。
いつか、機会があったら、そのうちね‥明日は我が身とは身をもって味わいました。
植木好きでも育てていると言うには程遠い自分。それでも植物達は強く生きてくれています。
春になると色々な緑、花、香りを見せてくれます。
一番最初に咲くのは、おそらくは沈丁花だろうと思われます。開花時期よりも毎年2週くらい早く開花が始まります。日の出から日の入りまで太陽光の当たる絶好の環境に植えてあるおかげかもしれません。
外に出ると青空の晴天ですが風が少し冷たいです。すると体内時計がリセットされて夜は眠くなります。
太陽の光、温かさ、雨の恵み、土の中で育まれる営み‥人も自然の上に生かされている事を忘れずにいたいものです。
信越本線横川駅
峠の釜飯 おぎのや
昨日母と電話で話していると、まだ長野新幹線が無かった頃、
家族旅行に行った際の駅弁だった おぎのやの釜飯が話題に出てきて、それは嬉しそうに話していました。
写真は横川⇔軽井沢間廃止後にクルマで旅行に行った際に おぎのやで釜飯を食べた時に購入したケータイストラップです。スマホなど無かった頃、ケータイにストラップが流行った時代だったと思います。子供の頃に長野旅行に行った時には、今は廃線区間になってしまった長野電鉄に乗った時、車両内でおばあちゃんが何か食べ物を売っていた事を薄っすら覚えています。のどかでしたよ!
群馬県~長野県は子供の頃からオートバイに乗っていた頃まで、思い出一杯の地でもあるんです。特に旧道の碓氷峠が好き。そして軽井沢から草津白根に向かう景色が好き。
今では人の手が入ってしまったようですが、浅間高原自動車テストコース跡地にも、まだだ~れも来なかった時代によく遊びに行きました。星野温泉、鬼押出し園があるくらいで、なーんも無かった頃ですね!
話しが横道に逸れましたが、まだまだ寒い日が続くかと思います。
皆様におかれましてはお身体ご自愛の上、少しでも笑顔ある2018年をお過ごし下さいませ。
それではまた(^_^)/
↑何か球根の芽が出てきました。今日発見したものです。
おそらくはヒヤシンスではないかと思います。私的に春一番発見!
↑去年の秋~今まで枯れずに元気な葉っぱ‥フリージアです。今の時期にこうして見られるのは季節外れかと思います。環境の変化が影響しているのでしょうかね。
↑挿し木から根を付けた沈丁花です。写真のほうが少し大きいくらいのサイズです。
一昨年にも挿し木成功したのですが、植え替えをしたら見事に枯らしてしまいました。植え替えは本当に難しいです。大きく育っても根に傷をつけてしまうと枯れると言われます。枯らしてしまった教訓として、あまり小さなうちは植え替えをしないほうがいいということを思いました。
↑そして沈丁花の親の木です。かなり太く成長しましたが、買ってきた頃(今年で4年目になる)は、茎の直径も8ミリくらいの細さでした。沈丁花は根がとても弱いと言われているので、ド素人の自分が育ててここまで成長し、子孫まで出来た事は奇跡に近い‥と思っている。w
↑セイロンベンケイソウの葉っぱを接写で写したものですが、葉の周囲には子が出てくるのですが、その部位から水が出ていました。生きている事を感じた。葉っぱから子供が出るなんて珍しいなぁ!ということから、セイロンベンケイソウの葉っぱ2枚(2種類)を買い、5鉢、株の数にして50株にまで子孫繁栄いたしました。しかし秋から冬の管理が下手で、いまだに開花を見ていません。
写真はありませんが、明治生まれの死んだ母方の婆ちゃんから受け継いだ万年青(おもと)があります。
母から株分けにて譲り受けたものです。母は脳疾患にて身障者になってしまったため、もう植木の世話はできません。母が言うには万年青は赤い実が成るそうです。しかしそれも一度たりとも見ていません。生育する環境を整えて、今年から来年にかけて、実を結ぶ事を目標にしたいと思っています。
優しかったお婆ちゃんの思い出も幼少の頃の記憶までです。母にとっては親の形見です。株分けして室内で水やりだけでもいいから置いてもらおうと話しはしたのですが、やはり病気のせいなのでしょうか?あんなにも植物が好きだった人なのに、全く興味を示しません。最近では電話をすると昔の話しがとても多くなってしまった。まるで写真のアルバムの思い出を見ているように話すんです。老いると皆そうなんでしょうかね。
なんか寂しい気持ちになりました。
母が病気がちになってから接するうちに、植物にハマりました。しかし色々教えてもらう前に脳内出血にて倒れた。もう少し時間が欲しかった。テキスト的に栽培法を知ればいいというものではないんです。
いつか、機会があったら、そのうちね‥明日は我が身とは身をもって味わいました。
植木好きでも育てていると言うには程遠い自分。それでも植物達は強く生きてくれています。
春になると色々な緑、花、香りを見せてくれます。
一番最初に咲くのは、おそらくは沈丁花だろうと思われます。開花時期よりも毎年2週くらい早く開花が始まります。日の出から日の入りまで太陽光の当たる絶好の環境に植えてあるおかげかもしれません。
外に出ると青空の晴天ですが風が少し冷たいです。すると体内時計がリセットされて夜は眠くなります。
太陽の光、温かさ、雨の恵み、土の中で育まれる営み‥人も自然の上に生かされている事を忘れずにいたいものです。
信越本線横川駅
峠の釜飯 おぎのや
昨日母と電話で話していると、まだ長野新幹線が無かった頃、
家族旅行に行った際の駅弁だった おぎのやの釜飯が話題に出てきて、それは嬉しそうに話していました。
写真は横川⇔軽井沢間廃止後にクルマで旅行に行った際に おぎのやで釜飯を食べた時に購入したケータイストラップです。スマホなど無かった頃、ケータイにストラップが流行った時代だったと思います。子供の頃に長野旅行に行った時には、今は廃線区間になってしまった長野電鉄に乗った時、車両内でおばあちゃんが何か食べ物を売っていた事を薄っすら覚えています。のどかでしたよ!
群馬県~長野県は子供の頃からオートバイに乗っていた頃まで、思い出一杯の地でもあるんです。特に旧道の碓氷峠が好き。そして軽井沢から草津白根に向かう景色が好き。
今では人の手が入ってしまったようですが、浅間高原自動車テストコース跡地にも、まだだ~れも来なかった時代によく遊びに行きました。星野温泉、鬼押出し園があるくらいで、なーんも無かった頃ですね!
話しが横道に逸れましたが、まだまだ寒い日が続くかと思います。
皆様におかれましてはお身体ご自愛の上、少しでも笑顔ある2018年をお過ごし下さいませ。
それではまた(^_^)/