もし魂が、自分の意志で時代を選び、母を選んで生まれてきたのだとしたら、自分は何を想ってその選択をしたのだろう…。

 


 

愛着の歪みによる様々な生きづらさから、少しずつ解放され、内面の変化を感じながら、この先をどう進もうかと考えてきました。

 


 

記憶と知識、思考と直感、潜在意識、それらのバランスが毎日少しずつ少しずつ変化している気がします。

 


 

そのバランスが不安定だと、どうしても不安やマイナス思考に傾いてしまうけど、最近は立ち直りがとても早くなったなと思います。

 



身体を壊すまで自分は、他の人よりストレスに対する耐性が強いのだと思い込んでいました。そしてそれは、辛抱強かった両親から受け継いだ才能の一つだと信じていました。

 


 

人の持つ記憶力は、脳だけでなく細胞や遺伝子、それぞれの臓器、感情や潜在意識といった、その人の全体に備わったモノなのだと思います。

 


人の持つ様々なモノを吸収する能力は、とても凄いと感じています。

 


無意識のうちに、栄養や知識、愛や感情、大気や熱、もしかしたら人の発する想いなども、生きる為に必要なこととして吸収しながら生きているように思いました。

 


この能力のおかげで何もできない赤ん坊だった自分が、様々な事を吸収して来れたのだろうと思いました。

 

 

愛着の土台が安定し、自我を強く感じられる様になって、自分らしさと我がままは、紙一重のように感じています。

 


 

意図せず他人を傷つけてしまうことがあります。


相手の悲しそうな表情、私はそれがとても怖かったのだと思います。

 

 


他人の発言に傷付くことの多くは、受け取る側の心理状態が大きいのですが、愛情や優しさだけでなく、相手の不安やストレス、悪意や敵意なども無意識に感じ取る才能を人より強く持って生まれたのかもしれません。

 


HSPと呼ばれる敏感な感性の持ち主は、5人に1人と言われています。

 

 

HSPの気質とADHDの気質を持ち合わせた自分は、とても打たれ弱く臆病な部分と、後先考えずに突き進んでしまう衝動性があり、その結果として、たくさんの痛い目を経験して来たのだと思いました。



少しでも怒られないように、傷付かないようにと、目の前の人の表情や雰囲気を読み取り、相手に合わせる術を身に付けたのだと思いました。

 

 

様々なことを俯瞰して捉えられる様になり、心が揺さぶられても客観的な判断ができる様になり、長く引きずられることなく平常心に戻れる様にならました。今まで怒った相手が次の日ケロッとしていることが不思議でしたが、理解できるようになりました。




 

ずっと愛着について自分なりにまとめて、いつか公表したいとHPを作り替えてきました。



愛着の本質を知ってからずっと、愛着の素晴らしさについて多くの人に知ってもらいたいと思っていました。



でも途中で何度も手が止まりました。



自分の能力では無理な気がしたり、どうせ誰も見ないだろうと、止める言い訳を探したり…。

自分を表に出す自信のなさ。

反応の有無を受け止める勇気も持てずにいました。


その過程で何度も何度も振り返ったことが、結果として自分の変化に良い影響を与えてくれたと感じています。



今は、結果はどうでも良いのだと思えています。

ただ伝えたいから伝える、それで良いのだと。



様々な意見やアドバイス、批判や評価などをいただけたら更に修正できるし、このHPが自分と誰かを繋ぐ居場所になれたなら、とても嬉しいなと思います。



愛着と心を学べる居場所になれたらいいなと考えています。



 ゆうる〜む



ご興味のある方のご訪問をお待ちしています。