「我思う、ゆえに我あり」
–ルネ・デカルト(仏:1596〜1650)–
「Cogito, ergo sum(こぎとえるごすむ)」
↑この言葉はデカルトぱいせんがゆうたわけではなく、ぱいせんの言葉(我思う〜)をラテン語訳したもの、らしい。
さてぃ、
人が誰かや何かを批判する時って
その誰かや何かを羨ましく
思ったり、
憧れから嫉妬したり
とかそんな感情が
見え隠れしてると思うた

キュウニ ウマレタ ピェ
だって
ほんまに興味のないことは
誰も気にせえへんし
批判する気も起こらんもん
モランボン
不倫を批判するのはどこかで
自分も不倫に興味があるが、
やってはいけないことと思ってるし、
自分は我慢してるのに。
という羨ましさ、みたいな。
(イッセイ調べ、諸説あり)
日本人は制限されまくって生きてきてるから、
本当に、ホントゥーニ、コントゥーイ、
そこに氣づくのは難しいのかもしれない
シレトコナイ
これはまだまだ私の中にもあって
目の前だけを見てしまうと
なんか、許せないとか、
違う、そうじゃない
とかって思ったり
するわけですよ

チガウソウジャナイ
木を見て森を見ず
とはよく言ったもんで、
そうなった時に
木だけを見るんじゃなくて
森(全体)を見れたらサイコーですね!!
その中で自分の想いとマッチする部分を
採択していく、みたいな。
森を見れたら、、
とか言いながら池見せるっていう

イキナハカライ
この写真を載せたいがためだけに
今記事を書いてます

森見たい!

モリミタイ、モミタイ...
ああ、ほら、、
内容が崩壊していく音が聞こえる

ゴチゴチ
氣を取り直して、
森写真と、目

見てると同時に見られてる。
そんな写真ですこと。
「あなたが深淵を覗く時、深淵もまたあなたを覗いているのだ」
–フリードリヒ・ニーチェ(1844~1900)–
え?そんなはずはないって?

「そんなはずはない、ことはない」
–藤原一生(1990〜)–
あかん、脱線し続けてる

モドリタイ
突然冒頭に戻るけど、
この世界はなんなん?全部幻なん?
ってなった時に、
自分が思ったり考えたことだけは
ほんまもん
ですよ!
ってのが「我思う、ゆえに我あり」
Cogito, ergo sum(こぎとえるごすむ)
とデカルトぱいせんが
言いたかったことちゃうんかワレ?
(マジレス不要、これが私のコギトエルゴスム)
って思いました!
なにを想うかで自分の世界は決まる

ここちよくも。ここちわるくも。
自分のコギトエルゴスムに従って
まわりを選択していこうと思うねん。
以上!!!
ありがとうございましたアァッ!!!

雑やな