何を「基準」に子どもの教育に取り組むのか![]()
「基準」ってめちゃくちゃ大事です![]()
「基準」が無かったり![]()
「基準」を持っているつもりになっていても
目指すところとの「基準」そのものが間違っていたりすると![]()
習い事、スポーツ、勉強何に取組んでも、
グチャグな状態になってしまいます![]()
何に取り組むか![]()
よりも、何を「基準」に考え取り組むのか![]()
の方が、実は重要です![]()
逆に言うと、両親に明確な「基準」がない状態で、
どんな学校に通わせようとも、何を習わそうとも
「やってみたら結果こうなった・・・」的な
「運ゲー」にしかなりません![]()
海を浮き輪でプカプカ浮かんでいる状態で![]()
![]()
子どもたちが18歳、22歳を迎えた時に、
たどり着いた場所が「ココだった・・・」
的なことにしかなりません![]()
その場合、往々にして、
ステキな場所にたどり着くなどということには、
まずなり得ません![]()
お恥ずかしい話、
メンターであるマスターヒロさんから
教わる前のかつての私も同じような状態でしたが![]()
「基準」が’無いと、
容易に次のような言葉がポロリと口からこぼれてしまいます![]()
「うちの子、◯◯が得意なんです
」
両親が第三者に対して、誇れてしまう、
得意だと言語化できるものがあるというのは、
それはそれで喜ばしいことだと思います![]()
そして「250分の249」の世界では、
「それは凄いですね
将来はプロとしてその道で活躍できると良いですね〜
」
・・・と、微笑ましい会話にもなるのかもしれませんが![]()
仮にこれが、
子どもたちに「250分の1」の「修羅」になってもらいたい![]()
という場合は、話が全く異なって来ます![]()
「得意というのは、どの基準の得意なのですか
」
もう一歩、二歩、踏み込んで、
「得意」と言える根拠になる
「基準」をお伺いすることになります![]()
「4人家族の中で一番得意ということでしょうか
」
「クラスで一番基準でしょうか
」
「学年で一番基準でしょうか
」
「市で一番基準でしょうか
」
「都道府県で一番基準でしょうか
」
「日本で一番基準でしょうか
」
・・・と![]()
「250分の249」の世界で、
こんな質問を返してしまったら![]()
両親が感情的にお怒りになってしまうかもしれません![]()