こんばんは tumuguです。
今日も彼に向けて書いております。ごめんなさい。
離婚を考えていること、
長らく書こうか書かまいかと迷っていました。
迷っていた理由は今は書きませんが… でも、
それは怖れからです。いつか、尋ねられた時には答えられたらいいなと思っています。
さて、書いていくね。
物語みたいにしたくないからあえて淡々と書いていくつもりです。
あなたに出会ったことは決意のきっかけにはなったけれど、あなたに出会う前から私と夫は既に、皮1枚で繋がっているような関係でした。あなたは気付かなかったでしょう?逆に、いい関係が築けている夫婦に見えていたのかもしれません。
私は結婚して間もなく『カサンドラ症候群』になりました。
『カサンドラ症候群』とはアスペルガー症候群のパートナーと情緒的に分かり合えずうつ状態になることをいいます。主人とは2004年に結婚をし、割とすぐにその状態になっていきました。最初の頃は分かり合う為に何時間も話し合う日々が続きましたが、同じことの繰り返し、どこまでいっても平行線のまま、いつしか夫には子供の話題以外は話さなくなっていきました。
子供の話題以外とは 今日起こった 楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、腹がたったこと、恥ずかしかったことなど、生きていると日常で起こる他愛のない本当に小さな「ただ、聞いてもらいたかった」気持ちを話すことを諦めていきました。
周りの夫婦やカップルは、友達との掛け合いのようにふざけ合って何でも気楽に話せるのに、私には無い。
それでも耐えきれなくて思わず愚痴った時には、
共感ではなくいつも、世の中のルールに当てはめたような模範的な意見が返ってくることばかりでした。
私は、ちょっと愚痴ってみたかっただけなのに。
愚痴ることで気持ちを軽くしたかっただけなのに。
夫なりのキャッチボールだったんだろうと思う。
でも私はわずかに残る、期待する気持ちをその後の落胆に備えながら、心をぎゅっとして緊張しながら愚痴ってみる。今度はもしかしたら…って。
誰かに自分の中の些細な気持ちを話すのに、いつも話した後の後悔に備えて話さなければいけない。
もう、その時点で私は本心の自分に鎧をつけて話さなければならなくて、「今、聞いて欲しい気持ち」の熱はどうなっていたのだろう。
鎧をつけた時点で冷めていたんだろう。誰かの気持ちの伝言係のような立場でいつも相手に気遣いながら話す必要があるのってすごく疲れる… 会話自体が面白くなくて段々と話すことがおっくうになっていく… 。
正直に言えば、わがままかもしれないけど、私の気持ちを汲み取れた上でフォローの効いた軽いキャッチボールのような会話が出来る関係性が欲しかった。
毎回じゃなくていい。たまにでもいい。
そんなやり取りから生まれる互いに信頼感が欲しかった。でも結果は結婚して数年で、「もう、あなたには何も話さない」と宣言をして、本当に何も話さなくなりました。
たとえ共感のない間柄が喧嘩をしたとしても分かり合いという着地地点が見つからないから、
ただただ虚しく、溝が埋まることはありませんでした。埋まるどころか広がるばかりでした。
あなたが知っている主人は誰にでも気さくに話せて偏見の無いフラットな人で、何事にも熱心に取り組むとてもフレンドリーな印象じゃないかな。
確かに一、人として尊敬できる所が沢山ある人だと今も思う。でも私は19年ずっと寂しかった。
小さな感情さえ表現しないことに慣れてしまって、私はきっと 口、会話で人に伝えることに対して退化してしまったのだと思う。
あなたが自ら私に積極的に距離を縮めてくれようとした時も私はいつも逃げてしまったでしょう?
あなたの周りの一、保護者としてなら上手く立ち回れても、遠くからお互いの気持ちを確認してあなたの気持ちを受取っていつも心を温めることができても、
いざ、本心をむき出して、向き合えるチャンスがあった時は、いつもいつもスッと逃げてしまって、きっとあなたを沢山傷付けてしまったと自覚があります。
あなたはいつも真っ直ぐに私に気持ちを向けてくれたのに 私はいつも逃げてばかり。
何かの前提があって、その役になりきれれば ものすごい力を発揮できるのに、本当の気持ちで向き合わないといけない大切な瞬間に立つと、怖くて怖くて逃げ出してしまう。それが私の本当の姿。
でも仮だとも思う。
昔の私はそんな風ではなかったはずだから。
言葉と勇気をどこかに置いてきてしまったのかな…
今年になり『カサンドラ症候群』という言葉を知って主人と分かり合えない理由がやっと…理解できてものすごく腑に落とすことが出来ました。ホッとさえした。分かってもらえない鬱憤をいつも持って相手と接することで、些細なことが起爆剤になる。
分かってもらえないと知っていながら、宣言した後もまだ無意識に期待してしまう自分と競合いながら、感情を相手にぶつける、だから喧嘩になり、罪悪感だけが残る。答えの無い負のループ、期待する自分。
もう、疲れてしまったの。
対処する方法があってもそこに向けるエネルギーは既に枯れ果てた。
たとえ、あなたという存在に出会っていなかったとしても 主人との未来が描けないほど、もうどうにもならないほど心が疲れてしまった。
たとえ よりを戻したとしても本音を言えない関係ではわたしは幸せにはなれない。
今日までの幸せは子供達が繋いでくれたもの。
大人として、母として、
保護者としての私も私だけど、
むき出しの私も確実に ここにいる。
ブログがあったからむき出しの私(本当の私)と繋がり、書き記すことができた。そういった意味でも書いてきて良かったんだと 今、改めて思えました。
ブログで書くことではないけれど、こういった流れもあって まだ時期ははっきりしていないけれど、主人との話し合いで 離婚を見据えた心づもりが始まっています。
子供達はご先祖様からのサポートも考え、これまでの姓でいる方が望ましいと考えています。離婚を意識した事で子供達へ自立を促す声掛けを始めました。
今日の話、重たく感じるなというのは無理があるよね。あなたに出会ったからことが直接的な理由ではなくて、きっかけだったことを伝えたかったの。少しでも真実を知って欲しかった。ではまた書きます。