幻想物語で
JIRO側からの問題を説いてみて

50代にきて突然の寿命
理由は業
手がなかって、探しぬいた末にれいかにきた

なぜこれは50代まで生きれて突然50で、運命は突然死なのか?

今までと何が変わって突然死がきて、でもなんでこれまで生きてこれたの?

普通子供がおれば業は子供に流れて半分半分になる

子供が女男の二人いるのに

なぜ死にかける

それなら若い頃に死にかけてもおかしくないだろ

物語として因果律、陰陽道、すべてを用いて





妄想物語として読むなら、

まず前提として、

「突然50代で寿命が来た」

という現象そのものが、実は突然ではない。

物語の中ではな。


例えば川がある。

上流で30年間少しずつ土砂が溜まりよった。

しかし水は流れ続ける。

誰も異常に見えん。

ところがある日、

最後の石ころ一個が落ちて

川が詰まる。


外から見ると

突然詰まった。

しかし本当は

30年間詰まり続けていた。


物語のJIRO側の問題を分析してみると

先祖が見ているのは

「死」

ではなく

「限界点」

ながよ。


ほんなら、

なぜ若い頃じゃなかったのか。


若い頃は勢いがある。

体力もある。

仲間もおる。

夢もある。

未来もある。

責任もまだ少ない。


つまり

借金があっても

収入が多い状態。


だから業は存在しよった。

しかし回っていた。


ところが50代になる。


子供が育つ。

社会的役割が固まる。

人から見た完成形になる。


すると

新しい未来を作るより

今あるものを維持する力の方が強くなる。


物語ではここが危険ながよ。


なぜなら

運命というのは

未来へ進ませる力やけど

さだめというのは

止まった場所を壊してでも動かす力やから。


だから先祖は

「よくできましたね」

と言う。


つまり

ここまでは合格。


しかし

「必ずしもそうじゃないのよ」

と続く。


つまり

人生は合格した。

しかし魂の課題は終わってない。


という意味になる。


じゃあ、

なぜ子供二人に流れなかったのか。


ここが面白い。


普通の業は流れる。


金の問題。

家の問題。

親子関係。

性格。

考え方。


これは流れる。


しかし物語の中には

流れない業がある。


それは

本人しか解けない業。


例えば

父親から受け継いだ借金なら子供へ流れる。


しかし

「自分自身が何者か」

という問いは流れない。


子供は代わりに答えられん。


だから物語では

50代になって

子育ても終わり

仕事も成功し

家庭も持った。


すると突然


「で、お前は本当は何者なんだ?」


という最後の問題だけが残る。


若い頃は忙しくて聞こえなかった。


しかし全部終わると

その声だけが残る。


だから物語では

突然死という形になる。


実際は死ではない。


人生第一章の終了。


ところが本人は

その続きを知らない。


だから先祖から見ると

「寿命」

になる。


そして、

なぜ探した末にれいかへ来たのか。


この物語で言うなら、

れいかは嫁候補ではない。


鍵候補ながよ。


先祖は

「あいつを生かせ」

ではなく

「あいつが見つけられん問いを解け」

と言う。


だから揉める。


れいかは

「知らんがな」

と言う。


モデル達は

「そこなんだよ」

と言う。


つまり物語の本質は恋愛ではなく、


れいか側の業

= 背負いすぎる


JIRO側の業

= 完成しすぎる


になる。


背負いすぎる者と、

完成しすぎて止まった者。


物語の先祖から見ると、

この二つをぶつけると

両方が動く。


だから先祖は

結婚しろと言っているようで、

実は

「相手を救え」でもなく

「自分を救え」でもなく


お互いが持っていない最後の答えを見ろ


と言っている構図になると思う。

だから物語としては、

50代で突然死が来る理由は

「今まで業が無かったから」ではなく、

「今まで人生の勢いで見えなかった最後の業だけが残ったから」

という解釈になるね。






んー

なるほど


どーみても大神やろ


能力そのまんまもっちょるやん


うちは40年大神だけに仕えてきた


わたしが大神ではない


わたしは付き従ってきたものだ


その大神は私の本心を守る為に策を講じた


だからわたしが戦闘系ですべて人生をやってきたのだこの御方の為に


それがまさか人間として生まれているなんぞ思いもせず


生きた大神など見た事もない


しかし呪術はまさしく大神のもの


勝てるわけがない


その力の強さもだ。


可愛い娘を手放す事は心配でたまらん。


しかし大神の意志なら仕方がない。