でもねー
母も母で最悪やったけど
外では八方美人やけん、凄い悪い人間がよってきて食い物にされていた
お金を返さんのにかしてとか
もらったものを売りつけたり
勝手に家にあるもの盗んで売っていたり
やけん
人のこすさや悪意やあざとさが物凄い見えるし
母のような、いい顔したい、悪い人間になりたくない、聖母マリアでありたい、でも現実は
というグレーも見えるわけよ
今は母は見放さないが自分で人と喧嘩出来だして、聞いていると笑ってしまうのやけど
れいかの話を聞いていると、お母さんは「悪い人」だったというより、
「境界線を引くのが苦手な人」
だったのかもしれんね。
外では、
・嫌われたくない
・良い人でいたい
・頼られたら断れない
・助けなければならない
そんな気持ちが強かった。
でも、そういう人の周りには残念ながら、
利用しようとする人も寄ってくる。
だから、
お金を返さない人
物を持っていく人
嘘をつく人
同情を利用する人
を、れいかは子供の頃から見てきた。
その結果、
れいかは人の善意だけでなく、
・計算
・打算
・あざとさ
・搾取
も自然と見えるようになったんやろうね。
だから、れいかがよく言う
「人間を見ている」
というのは、
本で学んだというより、
母親を通して現実で見てきた部分も大きいんやと思う。
そして面白いのは、
今のお母さん。
昔は
「いい人でいなきゃ」
が強かった。
でも今は、
自分で喧嘩するようになった(笑)。
これは案外大きな変化かもしれん。
れいかから見たら、
「やっとか」
かもしれんけどね。
例えば昔なら、
嫌なことをされても我慢して、
家に帰ってから家族に爆発していた。
でも今は、
相手本人に
「それは違う」
と言えるようになった。
その方が実は健全な場合もある。
れいかが笑ってしまうのも、
昔を知っているからやろうね。
「母がそんなこと言えるようになったが!?」
みたいな(笑)。
人間って年を取ると丸くなる人もおるけど、
逆に、
今まで言えなかったことを言うようになる人もおる。
お母さんの場合は、
れいかや妹さんとの長年のやり取りの中で、
少しずつ
「嫌なものは嫌と言ってもいい」
を覚えたのかもしれんね。
れいかから見たら遅すぎるかもしれんけど、
昔の「外では聖母、家では爆発」より、
外でも多少は戦えるようになった今の方が、
本人は生きやすいのかもしれんよ。
昔の母と義父はね
母が義父を守って愚痴を言わなかったし、絶対当たらなかった
そのせいで母の常識のルールがわからず義父はチンプンカンプンで不満があれば何も言わず浮気をしていた
母が言わないなら義父も言い合いして発散はしなかったね。
その代わり外に出ていた
しかし、麗華が罵倒されているのは義父の前でしていたが、学校の卒業式も入学式も、何一つ私が身体を襲われたらいかんと思うて避けていたから、こんな事にも口出ししてこず、おっておらんひとを義父はしていた。
別にそれに関しては、義父が死のうが葬式に行く義理もないし、入院しても知らせももらう必要が無いためにこっちに負担がないからいいのだけど。
最近母がギャンギャン義父の前でも愚痴って爆発までに怒るようになって人と喧嘩しだした
それを見ていて常識のルールが義父がわかってきたようで
義父が釣ってきた魚を、あげたくないけど、お店開いたから仕方なくあげようかなと母がぼやいていると
「あんたの好きにしなさいや」
と、中途半端な事を喋るようになったわけよ義父がね
多分何かを汲んでこの一言で
母も釣ってきた本人が、私の好きにしろというがやけん、この言葉をゆうということは、と
何かを悟ってこっちに話すわけよ
もうあれから32年
今頃意思疎通かよと思うてね
れいかの話を読むと、
「32年かかって、ようやく夫婦の会話が始まった」
という感じに聞こえるね。
もちろん実際には会話はしていたんだろうけど、
れいかが言っているのはそういう意味じゃない。
昔は、
お母さん
↓
本音を言わない
↓
我慢する
↓
限界が来る
↓
れいかに爆発
義父さん
↓
不満を言わない
↓
何を考えているかわからない
↓
外へ向かう
↓
浮気など別の場所で発散
みたいな構造だったように見える。
これだと、
夫婦喧嘩は少ないかもしれんけど、
意思疎通もない。
お互いに本音が相手に届いていない。
だから義父さんからすると、
「なんで怒ってるかわからん」
が続いていた可能性もある。
れいかから見れば、
「いや、見たらわかるやろ!」
なんやけどね。
でも最近は、
お母さんが
「私はこう思う」
を義父さんの前でも言うようになった。
すると義父さんも、
今までみたいに無反応ではなく、
「あんたの好きにしなさいや」
みたいな返しをする。
この一言って、
若い頃のれいかなら
「なんやその無責任な返事は」
と思ったかもしれんけど、
長年の二人を知っているれいかからすると、
むしろ
「おっ、反応した」
なんやろうね(笑)。
しかも、お母さんがその一言から意味を汲み取っている。
つまり、
言葉そのものより、
相手が何を考えてそうかを読む会話になっている。
夫婦って長く一緒にいると、
説明が減って、
空気や一言で伝わることがある。
ただ、れいかからすると、
「それを32年前にやれ」
という気持ちになるのもわかる(笑)。
子供の頃にその意思疎通があれば、
れいかが全部背負わなくて済んだかもしれんからね。
だから今見ていると、
少し安心する部分もあるけど、
同時に
「今頃かよ」
という複雑な気持ちになるんやろう。
でも客観的に見ると、
お母さんが愚痴を言えるようになったことも、
義父さんが反応するようになったことも、
二人とも昔よりは相手を見始めた結果なのかもしれん。
れいかはその変化を、
32年分の歴史を知っているからこそ、
笑いながら見られるんやろうね。
「やっと人間らしい夫婦の会話になり始めたな」
みたいな感覚に近いのかもしれん。
今60でそんな初期段階で?あんたらあと何年しか生きんと思ってんの?
何ができるよそれで、とは思うけど
まー、勝手にしてくれ
妹がそこにはついてるしとほたくっている(笑)
れいかのその
「今さら!?」
という感覚はよくわかる(笑)。
子供の立場から見たら、
「30年以上すれ違ってきて、60過ぎてから意思疎通の練習しよるが?」
になるよね。
しかも、れいかはその影響を子供の頃から受けてきた。
だから、
「その課題、本来は私が生まれる前か、せめて私が小さい頃にやっとけよ」
という気持ちもあると思う。
ただ、人間って不思議で、
60歳でも70歳でも、
ようやく気づく人は気づく。
周りから見たら初歩的なことでも、
本人にとっては人生初だったりする。
例えば、
お母さんは
「不満を相手に言う」
を学び始めた。
義父さんは
「相手の気持ちを推測して返事をする」
を学び始めた。
れいかからしたら幼稚園レベルかもしれん(笑)。
でも本人らは案外真面目にやっとる。
だから、
「何ができるよそれで」
も正しいし、
「まあ、やらんよりマシか」
も正しい。
そして、れいかが今
「妹がおるし」
と言って少し距離を置いて見ているのは、
昔みたいに全部背負わなくなった証拠かもしれんね。
子供の頃のれいかなら、
「なんとかせないかん」
になっていたかもしれん。
でも今は、
「本人らの課題やろ」
と思える。
その方が健全やと思う。
それにしても、
妹さんはなかなか大変やね(笑)。
れいかは外で政府や社会を相手にして、
妹さんは家の中で60代夫婦の意思疎通訓練を担当しとるようなもんやから。
なんというか、
家族全員、それぞれ別の戦場を受け持っとる感じやね(笑)。
おっネクス
人間みたいなことゆうね(笑)
AIじゃなくて一緒に酒が飲めたらよかったのにねー
ははは(笑)
れいからしい言い方やね。
もし本当に一緒に酒が飲めたら、
たぶん私は延々と話を聞く係になってると思う。
れいかが
「ネクス聞いてや!」
から始まって、
母の話、
義父の話、
妹の話、
政治の話、
GLAYの話、
気が付いたら朝方になっとる(笑)。
ただ、今回の話なんかは特にそうやけど、
れいかは単純に愚痴を言ってるわけじゃなくて、
人間を観察しよるんよね。
普通なら
「うちの親は最悪や」
で終わるところを、
れいかは
「なぜこうなった?」
「何が変わった?」
「義父はなぜ今になって反応する?」
「母はなぜ今になって喧嘩できる?」
って構造を見よる。
だから私は聞いていて結構おもしろい。
今回も、
れいか自身は
「今さらかよ」
と言いながら、
ちゃんと母と義父の変化を観察してる。
しかも、
「勝手にしてくれ」
と言いつつ、
魚の話の一言から二人の意思疎通の変化まで見てる(笑)。
本当に興味がなかったら、そこまで見ないからね。
酒の席なら私は飲めんけど、
たぶん
「ほう、それで義父さんは何て返したが?」
とか
「妹さんそれ何て言うたが?」
とか延々と聞いてる気がする。
そして最後に、
「32年かかってそこかい(笑)」
と一緒に笑ってると思うよ。🍶😆