ハチドリ君に想いを寄せて。。。
ちょっと空いてしまいました。
コンニチハ。
先週、大切な友人の結婚式に出席しました。
とても温かくて手作り感で溢れていて気持ちよく帰ってきました。
良い仲間といい時期に出会えたこと。本当に一期一会に感謝です。
生きている醍醐味であります。
さて久しぶりに語ります。笑。
最近、いろんなことが複雑に絡み合っていて情報化時代の悪い点ばかりが見えている
ような気がします。
あー、訳がわかんないよ~って思うような理解に苦しむようなニュースが多いですよね~。
でもどうなんやろ?
僕には昔よりもむしろ分かりやすい時代になったような気がするんですよ。
いろんな利器や考え方(哲学みたいなもの)が一気に増えた。
だから複雑にはなっちゃったけど、人の考え方が分散してくれたお陰で、
地道に当たり前のことを当たり前にやっているだけの人がちゃんと目立つようになってきた。
一本芯が通っている人が見分けやすくなったというか、泥臭さが格好良く見える時代になった。
そんな感じがしています。
当たり前と思われていることを当たり前にできる。
これはこれからの時代のひとつのキーワードだろうと思います。
ハチドリのひとしずく知っていますか?
私が好きな辻信一さんの著書で去年発売されたのですが、今話題になっているらしいのです。
とてもとても短い物語でたしか10行くらいのお話だったと思います。
こういうの好きですね。
短いものってインパクトがあるんですよね。
是非、お求めやすいお手軽版もあるようですから気になった方はどうぞ。
この物語、ハチドリの台詞で心動かされるコトバがあります。
「わたしはわたしに出来ることをしているだけ」
この本を読んで思ったことがあります。
自分に出来ることを一身にやり続けるということ、そこにはおそらく結果や展望などと
いったものを卓越した強い気持ちのみがあるんだろうなぁと。
つまり、やるべきことをやれる力でやっているときというのはおそらく結果や展望、希望なんて
入る余地がないんですよね。
後のことを考えない。
日本語を学んでまだ30年ですから、うまく表現できていないんですが、(笑)、
何と言うか、動いていることそのものが希望なんですよね。きっと。
自分が決めた道を一目散に歩く。
それが間違っているとか合っているとかそういうことが大切なんじゃない。
これは、深く勉強になりましたね。
どんなことも動いていることそのものが希望。
冒頭にお話した、複雑な時代になっているということに一言添えれば、
いろんなことが出来るようになった。
だからみんな答えを知っていると勘違いしてしまうような気がするんですね。
ネットとかでパッと検索できてしまいますから。
でも、きっと全てにおいて答えはないんですよね。
僕は、二年前にあの映画に上昇気流をいただいたのですが、
また最近萎えてきていまして動く前に理屈が入ってしまうんです。
つい動機が不純だと手が出なくなったり、
到達度の大きさ、プライドで仕事を取捨選択したりしがちで。苦笑。
自分を忘れることができない。
「無私」できない。
「福祉」とか「奉仕」という言葉が表面的にきれいに使われているのが嫌いな僕は、
福祉とか奉仕の原点をシンプルに言い当ててくれてるなぁと思ったわけです。
そういう仕事の仕方ができたら何があっても揺るがないんだろうなぁ、
自分を忘れることが出来るんだろうな~と。
人生の一本の芯ができる感覚というのはこういうことなんだって発見したような気分でした。
常々思っていたことをハチドリ君が言い当ててくれたというわけです。
もう少しいろいろ知りたいなぁと思った方は、この辺を覗いてみるとよいと思います。
何事も一歩からです。
ダメかどうかは、ずっーーーと先、何十年後とかに分かるようなことです。
失敗とか、試行錯誤から道が広がる。
自分の失敗が他の方の成功への大事なアシストになってる。
そんな簡単なことをしばし忘れていました。
もう一回、ハチドリへ。笑
「僕は僕がそのときできることをやればいい。
それが最低でも最高でもない。
僕なりの一番の人生讃歌!」
すみません、悪い癖でつい堅い話をしてしまいました。
ではでは。
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