おニャン子クラブは全員で54名
さて、突然ですが、ここで問題です。
おニャン子クラブには、会員番号というものがありましたが、いったい何番まであったでしょうか。
思い出せましたか。
知っておられる方は、もう1歩進んで、番号と名前が一致しますか?
さあ、皆さん、どうでしょうか。
「そんなの楽勝!」と言う、すごい方も、おられるかも知れませんね。
(↑すでに、解散して20年以上経っているのに、すごいです)
「えっ!全く知らないよ」という方も、いるでしょう。
正解は、52番です。
ただし、正確にはB組の4番、5番までありました。
なので、全部で54名ですね。
補足ですが、B組の1~3番は、49~51番に変更されました。
おニャン子クラブにB組があったなんて、知らなかった人もいるのではないでしょうか。
もちろん、このブログを読まれている、おニャン子フリークのあなたは、知っていると思います。
B組は当時、中学生ということで、高校生になったらおニャン子クラブの会員番号に参加しました。
なぜB組のままで残っているのかというと、おニャン子クラブの会員番号になる前に、やめられたからなのです。
「おニャン子クラブにB組があった」ということは、おニャン子ファンでもウッカリしてしまうところです。
そうです、B組があったのです。
ヒットしているグループの予備軍を作っておくことが大切なのです。
おニャン子クラブの場合は、上手くいきませんでしたが、ちゃんと成功している例があります。
たとえば、ジャニーズ事務所が、そうです。
ちゃんと次のアイドルの予備軍として、スタンバイされています。
予備軍にとっては、次にステージに上がるための準備にも、練習にもなっています。
次を育てておくのです。
おニャン子クラブ自体が、あまりにも早く急成長してしまい、その準備ができませんでした。
というよりかは、「おニャン子クラブをアイドルグループとして、ずっと売っていこう」という構想自体がなかったのかも知れません。
アイドルグループで長くやっていこうとしていたら、また違った流れになっていたのかもしれません。
おニャン子クラブとは
1985年の春、フジテレビ系列の番組「夕やけニャンニャン」 の中から生まれた、伝説のアイドルグループのことです。
「セーラー服を脱がさないで」など数々のヒット曲を飛ばし、 オリコンの記録を次々と塗り替えていきました。
1987年9月20日、多くのファンに惜しまれながら、代々木体育館にてファイナルコンサート終了後、解散となりました。
おニャン子クラブメンバーは、会員番号52番とB組の2人の計54名でした。
ファンの数は、推定50万人と言われていました。
今でも、解散日の9月20日には、代々木体育館周辺で、ファンによるイベントが続いています。
