自分は戦争を知らない子供たちの独りです。
先の大戦が終わってから生まれました、しかし、戦争の残像は残っていました。
大阪城の周りは荒れ野であったり、バラック小屋に女性が一人住んでいたり(今からおもえば美人だったな)

大阪の田舎郊外にすんでいたので残像というのは、それくらいしかない。
いや、親父が勲章らしき物をしまい込んでいたのを見つけたりした事を今思い出しました。

親父は、南方の方で、飛行機の整備兵をしていたらしい。
アルバムには飛行機がずらっと並んでいる写真があったり、いわゆる南洋の美人と並んでいる写真だとか

親父は戦争の事は殆どしゃべりませんでした、戦後の食い物に困った事とかは話してくれたけれど

だから、戦争の悲惨さを知らないでいるのです、経験不足ですね

戦争が酷い物だって知り始めたのは、レマルクの西部戦線異常なしという高校生の時代に読んだ小説でした。

年寄りが、我が国防衛の為に戦わねばならないとか、なんとか、演説して兵隊に行く若い人を集めるのです。
そして一時の興奮で、応募するのですよね!

そして、兵隊になって外国にいって戦うのです、といっても泥とつかれと、、、

なんか、聞いていた華々しいこととは、全く違って、年寄りが話していたのは、殆ど嘘だって、気がつく訳なんです、真実を伝えていない。

それで、酷い怪我をして、手か足を失って帰って来て、歩けるようなって、またかつて自分が応募した演説会場に行ってみると、あの老人が同じように勇ましい話をして若者を集めていて、かつての自分のように兵隊になって行く


そんな印象が残っています。

それから随分後に映画も見たけれど、それは覚えていません、高校の時に読んだ本の方を覚えているなんて、奇妙ですが

戦争って、二種類あるのですね(専門家ではないので間違っていたらごめんなさいです


誰かを殺しに外国に行って戦う戦争と、日清、日露、第一次大戦は、そうだったんでしょうね。

外国から攻められて寝ている所も何もかも、家族だっておかまいなしに危険にはまってしまう戦争



だから、外国を戦場にしているうちは、国民全体に戦争に対する恐怖は、大きくはならない、小さいままですね、處がもう一つの場合、家族も寝ている所も何もかも、やられる、あるいはやられる危険のある戦争は人々を恐怖に陥れるのです、

日本は、第二次大戦で、多くの人たちが戦災を受けて、恐怖が大きく残っているのですね。

それで 平和憲法、つまり、国土を脅かされて大きな恐怖を持つ事はどうしても防ぎたい、と考えるのは当然だろうと思うのです。

9条の平和憲法は、今まで良い働きをして来たと思うのです。

第二次大戦の後、世界が戦争の様式が変わったと思わせたのは、原爆の出現です。

たった一発で、数十万人のひとが一瞬で亡くなり、その後じわじわと殺されて行く、今まで泥の中を這いずり回って鉄砲かついて進軍していた戦争とは、まったく違う物になりましたね。

其の爆弾を、世界で数千発も持っているとか?

地球をなくしてしまうのは、原爆にとって容易い事ですね!いまでは

おまけに、それを小さな国でも作れる様な状態になってしまいました。また、原爆は持たないけれど平和利用だったら良いだろうというので、原子力を使った発電機を、日本では55基ですか、作ってしまっているんですね。

ミサイルを持っていたら、それを狙い撃ちすれば原爆を落とした同じ効果を見る事が出来る!!

戦争は、兵隊とか、一般人とか区別しないで一網打尽に滅ぼしてしまう事だって出来るようになっているのですから、少しぐらい戦力を増やしても実は増やしただけの効果って、原爆を持っていたら
無意味に思えてくるくらいです。

下手をすれば、地球全体と 心中とい事もありですね、これでは