この前、弁天小僧の呉服屋での居直り自己紹介の台詞を、覚えたので、今は賊徒の首領、日本駄衛門の台詞を、覚えているのですが、
浜松での騙りとゆすりを働いて、お役人に追いかけられて、日本盗人集団は、逃げる訳なんですが、待ち伏せしていた取り方に囲まれて、名を名乗れなんて云われたのか?どうか判らんけれど、
きっと、云われたのでしょう!!
だって白浪五人男の有名な自己紹介の台詞が、日本駄衛門の
問われて名乗るもおこがましいが
から始まりますが、大きな疑問は、あんな派手な衣装を着けて、逃げ回る泥棒詐欺集団??
見つからん訳がない、せめて、黒装束で夜しか出歩かないというのが、常識だろうって思うのですが、何しろ舞台映えはします。
生まれは遠州浜松在
ビデオで見たら、「浜松じ」と云っているのです。
浜松のお寺に記録があるのでしょうか??
しかし
十四の年から親からはなれ
孤児やったんや、それでなんで食っていたかというと
身の生業も白波の沖を越えたる世働き
盗人を生業にしていた、という事なんだろう!
白波をどうしてぬすみというのだろうかって、考えているのですが
世の中を何にたとえむ朝ぼらけ こぎ行く舟の跡の白波(古今集)
跡形もなく去ってゆくから白波か?
ちなみに、この歌によく似ているのが、万葉集の中にもあって、
世の中を何にたとへむ 朝開き 漕ぎいにし舟の跡なきごとし
でも白波という言葉がなくって関係ないのかって思い出して、
中国の歴史で
白波谷(はくはこく)にこもった黄巾の賊を白波賊と呼んだところから》白波の事を盗賊と意味していたというのがどうやら正しいようなんです。
盗みはすれど非道はせず
有名だけれど、この青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)の筋から云って、随分手の込んだ非道を働いていると思うのですが、本人がそう言い張るのは、鴉の勝ってとかいうやつでー
だから
人に情けの掛川から、金谷にかけて宿宿で、義族と噂を高札に
この人、磔さらし首になって、其の遺体を金谷に住んでいる彼女というのか、奥さんというのか、引き取ってお寺で供養をしたとか、つまり奥さんがいて庇ってもらっていたのじゃないかって、反論したくなるけれど、そこはだまって次に往くと
廻る配賦も盥越し
お尋ね者の手配所が配られていても、それを見て見ぬ振りをしてくれた、
だれのお陰やねん\(*`∧´)/
あぶねえ その身の境界も
ヤバい綱渡り人生も
最早四十に 人間の定めはわずかに五十年
この辺は、なるほどなかなか達観している奴だって思うのですよ。
だって 徒然草にあるのです
住み果てぬ世にみにくき姿を待ち得て何かはせん 命長ければ辱め多し 長くとも四十に足らぬ程にて死なんこそ目安なるべけれ
俺より学があるなあ! 日本駄衛門
六十過ぎても辱め多しなんて、思えん我が身に比べたら!
最後の決め台詞
六十余州に隠れのねえ 賊徒の首領 日本駄衛門
四十、五十、六十とここは覚え易いのです
最も
首領って云う所は、舞台じゃ ちょうほんって云っている。
そっちの方が、かっこいいなあ
それにしても、あの派手な着物と傘で逃げるなんて、どうかしているぞ!
相変わらず現時点で覚えているそのままを書いているので、間違いなんかもあると思うけれど、お許しあれ!
失礼しました。
浜松での騙りとゆすりを働いて、お役人に追いかけられて、日本盗人集団は、逃げる訳なんですが、待ち伏せしていた取り方に囲まれて、名を名乗れなんて云われたのか?どうか判らんけれど、
きっと、云われたのでしょう!!
だって白浪五人男の有名な自己紹介の台詞が、日本駄衛門の
問われて名乗るもおこがましいが
から始まりますが、大きな疑問は、あんな派手な衣装を着けて、逃げ回る泥棒詐欺集団??
見つからん訳がない、せめて、黒装束で夜しか出歩かないというのが、常識だろうって思うのですが、何しろ舞台映えはします。
生まれは遠州浜松在
ビデオで見たら、「浜松じ」と云っているのです。
浜松のお寺に記録があるのでしょうか??
しかし
十四の年から親からはなれ
孤児やったんや、それでなんで食っていたかというと
身の生業も白波の沖を越えたる世働き
盗人を生業にしていた、という事なんだろう!
白波をどうしてぬすみというのだろうかって、考えているのですが
世の中を何にたとえむ朝ぼらけ こぎ行く舟の跡の白波(古今集)
跡形もなく去ってゆくから白波か?
ちなみに、この歌によく似ているのが、万葉集の中にもあって、
世の中を何にたとへむ 朝開き 漕ぎいにし舟の跡なきごとし
でも白波という言葉がなくって関係ないのかって思い出して、
中国の歴史で
白波谷(はくはこく)にこもった黄巾の賊を白波賊と呼んだところから》白波の事を盗賊と意味していたというのがどうやら正しいようなんです。
盗みはすれど非道はせず
有名だけれど、この青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)の筋から云って、随分手の込んだ非道を働いていると思うのですが、本人がそう言い張るのは、鴉の勝ってとかいうやつでー
だから
人に情けの掛川から、金谷にかけて宿宿で、義族と噂を高札に
この人、磔さらし首になって、其の遺体を金谷に住んでいる彼女というのか、奥さんというのか、引き取ってお寺で供養をしたとか、つまり奥さんがいて庇ってもらっていたのじゃないかって、反論したくなるけれど、そこはだまって次に往くと
廻る配賦も盥越し
お尋ね者の手配所が配られていても、それを見て見ぬ振りをしてくれた、
だれのお陰やねん\(*`∧´)/
あぶねえ その身の境界も
ヤバい綱渡り人生も
最早四十に 人間の定めはわずかに五十年
この辺は、なるほどなかなか達観している奴だって思うのですよ。
だって 徒然草にあるのです
住み果てぬ世にみにくき姿を待ち得て何かはせん 命長ければ辱め多し 長くとも四十に足らぬ程にて死なんこそ目安なるべけれ
俺より学があるなあ! 日本駄衛門
六十過ぎても辱め多しなんて、思えん我が身に比べたら!
最後の決め台詞
六十余州に隠れのねえ 賊徒の首領 日本駄衛門
四十、五十、六十とここは覚え易いのです
最も
首領って云う所は、舞台じゃ ちょうほんって云っている。
そっちの方が、かっこいいなあ
それにしても、あの派手な着物と傘で逃げるなんて、どうかしているぞ!
相変わらず現時点で覚えているそのままを書いているので、間違いなんかもあると思うけれど、お許しあれ!
失礼しました。