永井荷風さんは、フランスに行っていたと言うのですが、帰ってくると東京が偉く洋風化していて、かつての日本の良さが消えそうになっているって危機を感じたと言うのです。
フランスですから、そのころ日本の浮世絵が評判になっていて、人気沸騰、


しかし、日本国内では尊重されていないと危機を感じたようなんです。

江戸文化の一つとして浮世絵をとりあげていて、

浮世絵は、演芸や、文学と連携されていて、タミクサ文化なんですね!!!

いまのアキバのおたく文化の元祖みたいなもので、浮世絵も最初のころは枕絵なんてエッチな絵が密かに出回っていたのが、だんだん昇華していって、いろんな枝葉をつくって行ったのですね!

明和の三美人なんて言うのがあって、江戸谷中の笠森稲荷門前の水茶屋「鍵屋」のお仙、浅草寺奥山の楊枝屋「柳屋」の看板娘柳屋お藤、二十軒茶屋の水茶屋「蔦屋」の看板娘蔦屋およし

明和と云うから 1746年から8年くらいの間のお話です。その評判の美人を鈴木春信が板刷りにしてブロマイドみたいにして、売ったというのです。
それが浮世絵美人画の始まりなんですよね!!

その系統が、歌麿の美人がになってゆくのです。

段々、色を多く使うようになって、歌麿なんてすかしの着物を美人に着せている物があるんですよね!!

形も、柱絵とか言って細長いのやら、なんとか売ろうと努力していたんですね!

美人絵と、それから役者絵が発展して行って、今度はその背景の絵が段々独立してきて最終的には風景画

葛飾北斎と一立斎広重にまで、発展してゆくのです。

北斎は、いろんな事に挑戦していって、広重は。静かな山水

西洋では北斎の方が評判が高いらしい。

江戸の文化、俳句も同じように発展していったのですね!

和歌連歌の最初の発句の部分を、川柳やら、狂歌やいろんな形をとりながら俳句まで行った。

禅文化とも連携したり・・・


すーっと、読んでしまって、頭に入らないのが残念ですが、江戸の文化の一般知識を得るには良い読み物でした。

でも、インターネットは便利です。
荷風先生が紹介してくれた浮世絵作品の殆どを、すぐにITで見る事が出来るのは、今まで出来なかった楽しみですね!

それだけでも面白かった!!