好きな漢字というブログネタがあったので投稿しようと書いたけれど、すでに締め切りが終わっていて、消えてしまった。
せっかく書いたテーマだから、もう一度、書きなおしてみようと試みているのです。
漱石の小説を、昨年の暮れから読み始めて、漱石って、漢詩も作れるし、禅語が沢山出てくるので、気になりだして、そこで足立大進さんの禅林句集と云うのを、読み始めた!
でも、なかなか、読んでみたって頭の中に入って来ないのです。
なんか、良い方法はないもんかと思っていたら、大阪で筆ペンなるものを見付けたのです。
しかも、ペン先が本物みたいな毛先になっていて、毛筆そのもののタッチで、漢字を書いてみると、漢字や仮名は毛筆に限ると、書くこと自体が楽しいのです。
筆ペンばかり使っているのも芸がないとおもって、硯と墨と筆も手に入れて、今は書いているのですが、面白いし、それに今まで知らなかった漢字や熟語を調べるようになるし、しかも、ボールペンで書いているよりも頭に入るのです。これが・・・
そのうち現れたのが、「水到渠成」という言葉です。
みずいたれば、みぞなる と読むのですが・・・
自分は、ヨットの活動を普及させたのですが、ボートの数が増えるとともに組織を作ってほしい、作らないといけないなんて、良く言われていたのですが、まだそこまで行っていないって返事をしてきたのですが、
まさに、水が増えてくれば、自然と渠(みぞ)が出来てきて、それが組織になってゆくだろう、う~~ん
同じ事を言う人が先人には居たのだと感じて嬉しくなったのです。
高松城を水攻めにした秀吉の参謀黒田孝高(よしたか)
如水と名乗って、水についての五則というのを残しています。
自ら活動して、他を動かしむるは水なり
つねに、己の進路を求めてやまざるは水なり
障害にあいて激しくその勢力を百倍し得るは水なり
自ら潔うして、他の汚濁を洗い、清濁あわせいるる量あるは水なり
洋々として大海をみたし、発しては雲となり、雨雪と変じ、霧と化す。凝っては玲瓏たる鏡となり、しかも、その性を失わざるは水なり