大宝律令のころ、日本には約60の国が定められたそうです。
その一つ一つで、すべてが完結していたんです。
つまり、その60の国自体が。それぞれの力で独自の産業を起こして行って、自分で自治をおこなっていた。
と言う事なんですね。
今みたいに、交通の便が良くなくって、情報もすぐに得られるわけじゃないし、物流も大量につくって大量に各地に持って行けるわけでもないので、そうなる事は誰にでも、すぐに想像はつきます。
時代が経過するとともに、土地の開発がおこなわれて行って、人々の住む地域が広がって行って、やがて300の藩が成立するまでになったのです。
でも、基本的には、大宝律令の時代の枠組みだったのです。
明治のころになると
富国強兵のために権力を集中させて、産業を盛んにして国力を増進して、西欧からの侵略から守ったのが明治維新、それが成功して日本は発展して西欧と対抗できるようにまでなったけれど、戦争に敗北して、再び経済が潰れてしまって、経済を再び立ち直させるために、ワーカーホリックなんて皮肉を言われるほど、全てを注いで復活させたのは僕らの記憶にもある事です。
鉄道は、物流を改良して、モノをつくる材料を一か所に集中させて、それを売るために、また地方と言うのか他国に運んで、それを推し進める事が、可能になったし、情報も段々早くなってきて、今では世界中どこでもすぐに情報が流れて行くようになりました。
今、自分の住んでいる地域も、大宝律令のころは、淡輪荘園とかいって、地方の豪族だったのですが、関ヶ原の時に、この地の豪族は豊臣がたについて、負けてしまって、この地で出来たものは、関東の土浦藩に納税されていたのです。
明治維新前から、物流、情報の統合があったのですね。
それを推し進めたのが明治維新だって言う方が良いのかしらん?
東日本大震災を受けて、大打撃を受けてしまった今、中央集中の枠組みを、変える必要があるっていうのが、涌井さんの意見です。
それを今自分がやっているアクセスディンギーの活動に当てはまる事ができるのです。
オーストラリアの人から、日本でアクセスディンギーの活動を日本に紹介したいという時に、なにも判らない自分は障害を持っている人に乗ってもらうのだから、そう言う団体があってそこに頼めばいいやって考えたのです。
パラリンピックにセーリング種目の選手を派遣するオーソリティを持っているから、アクセスディンギーも普及してくれそうだ!
でも複雑だったなぁ!
日本でセーリングの主な活動って、学生の世界だったのです、つまり、文部省ですね!
他に、大きなヨットのセーリングを統括している以前の運輸省、つまり、国交省
そして障害を持っている人たちのセーリングを統括するのは厚生省
それぞれが違っていて、それぞれが下部団体をつくっていて、細かく統括されているのです。
そのうち障害を持っている人にセーリング普及と言うのは、一番後発の活動でした。
それぞれが、中央省庁で統括されているのです。
具体的に言うと障害を持っている人のセーリング活動を、運輸省や国交省の統括する港やマリーナで始めるのさえ、大きな壁があります(これは今でもあると感じるときが時々あります)
あかん、疲れてきた、続きは、後ほどです!
読んでくれる人がいればの話ですが・・・