温泉地からかつての賑わいが消えたといわれて久しい。


その要因のひとつは、湯治場として生まれた温泉地が遊興型に移行し、脱日常を願う現代人にそのソフトがマッチしなくなったからに他ならない。産業再生機構による事業再生が手掛けられた鬼怒川温泉もその一例であろう。むしろ現代では「湯治場への回帰」が求められているのだ。


その鬼怒川温泉で「再生第一号旅館」が1日、改装オープンした。明治時代から続く老舗「あさや」である。さて、何が変わったのか。


第一に、一般的に旅館では料金に応じて決まった部屋と食事があてがわれるのに対し、あさやでは、「部屋」と「食事」が数種類のタイプから選べるようになった。


プライバシーが大切な旅なら、客室係が入室しない最上階の客室を。ひとり旅なら、全室インターネット接続パソコンのついた洋室を。おもてなしなら客室係の接客が受けられる八番館の和室を選べばよい。食事は、落ち着いた和風ダイニングや、家族客に人気のビュッフェ、あるいはお部屋での会席、さらには、自由にチョイスできるフードコートのなかから選ぶ。洋室利用とフードコートを選べば、一万円以内での宿泊も可能だ。

 

 第二には、宴会場をつぶして個人客向けの施設を造った。リラックスできる岩盤浴、キッズコーナー、エステルーム。これまでの団体優先型から、個人優先へ。湯治場の精神に戻るための大きなシフトである。この挑戦は、温泉地がふたたび賑わいを取り戻すための試金石になるであろう。


(2005年7月)


あさやホテル


栃木県塩谷郡藤原町滝813

東武鉄道鬼怒川温泉駅よりダイヤルバスで約10分。

0120(02)1126<フリーダイヤル>

http://www.asaya-hotel.co.jp/







 「温泉旅館でゆっくり連泊してみたい」。そう願う人たちは多い。


 しかし、悩みの種は旅館の食事。「あのボリュームでは、二泊以上続けて食べられない」という声をよく聞く。ところが最近、そんな悩みは無用の「片泊まり(一泊朝食付き)」という温泉宿が増えている。片泊まりとは、夕食を宿泊料から外し、旅館の外で食べても、館内の食事どころでチョイスしても良いシステム。この方式だと、連泊でも食事が苦にならない。


 小布施の町に近い湯田中温泉の老舗「よろづや」も、経済成長期に団体客用の建物だった別館を、片泊まりの宿「湯楽庵」としてよみがえらせた一軒。温泉街を見下ろす部屋は和洋二十室。朝食は自由気ままなビュッフェ形式だ。


 片泊まりとはいえ、夕食を館内でとるお客さんが多いという。夫婦で宿泊した時、夫は「おまかせ御膳(四千円)」、妻は「会席弁当(三千円)」と、好みにより内容を変えることも可能で利用者に評判が良い。居酒屋での単品メニューもある。


 温泉は地下通路を通っていく「よろづや本館」で楽しみたい。とりわけ、文化財指定を受ける伽藍(がらん)建築のクラシックな大浴場「桃山風呂」がおすすめだ。蒸し風呂や庭園野天風呂もあり、ゆっくり温泉を満喫することができる。


 片泊まり方式を採用して以来、食事に関する苦情がなくなったうえ、外国人や一人旅など客層が多様化したそうだ。だれもが温泉旅館を気軽に楽しめる「温泉片泊まり」。早速、試してみるのはいかがだろう。


(2005年6月)


湯楽庵(よろづやアネックス)


長野県下高井郡山ノ内町平穏3077
長野電鉄・湯田中駅から徒歩6分。

0269(33)2117

http://www.yurakuan.com/




およそ千二百年前、弘法大師空海上人によって開かれ、昨年「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産登録された「高野山」(和歌山県・高野町)。ケーブルカーで登る山上には数々のお堂が立ち並び、「山上伽藍」と称される町並みが広がる。

そのなかに「花の寺」と呼ばれる三宝院(さんぼういん)が建つ。

四国八十八個所巡りの御礼参りの参拝者のほか、夏は合宿、秋は紅葉、冬は雪見酒と、宗旨宗派を問わず、季節を通して誰もが宿泊できる「宿坊」である。

 

凛とした空気のなか、仲居さんではなく修行僧が迎えてくれる小さな旅館と思えばよい。院内は浴衣で滞在でき、中国麦飯石のお風呂も快適だ。食事は、心を込めて調理された精進料理。季節の野菜や胡麻豆腐が美味しい。客室は、テレビもなく質素であるが、たまには世塵を離れて、静かに心を洗う体験もよいものである。


 本堂で行われる毎朝六時の勤行にも参加したい。重要文化財に指定される本尊「北面大師」を拝むことができる。希望者は、この機会に様々な祈願を依頼することも可能だ。


 かつて、弘法大師と同じく、お経を百日に渡り百万遍唱える修行を授かった飛鷹住職は、現在、世界平和を祈願し、地雷除去や恵まれない子供たちのための活動に余念がない。浄財募金を趣旨とし、九月に境内で実施される中秋の名月コンサートは、仏教音楽の「声明」を聴くことができ、リピーターに人気が高い。


 弘法大師ご母公ゆかりの古刹であることから、母子の情にならい、前庭には小さな水子地蔵がいくつも佇んでいる。五月、その周りには「姫しゃが」が一面に咲く。


(2005年5月)


三宝院


和歌山県伊都郡高野町高野山580

南海高野線極楽橋駅で南海高野ケーブルに乗り換え、終点高野山駅下車。奥の院行きバスで約10分、蓮花谷下車徒歩1分。

0736(56)2004

http://www.sanboin.com/





 社寺建築を思わせる千鳥破風と入母屋造り。秋田杉一枚通しの廊下。館内にはとうとうと流れる源泉。村の庄屋を務めた小山田家の豪農屋敷をそのまま温泉宿にしたのが、「強首樅峰苑」(こわくびしょうほうえん、秋田県大仙市)だ。


 一九一四年(大正三年)、秋田県に甚大な被害をもたらした秋田仙北地震を教訓に、三年間の歳月をかけて建築した木造の屋敷は、当時の耐震技術の粋を極めた登録有形文化財。大黒柱は屋根裏まで貫かれ、梁(はり)と柱には木組みの筋交いが入れられている。


 庄屋屋敷ということで、多くの村人が集まる機会も多かったのであろう。屋根裏に仕掛けられたネジを巻くと、梁がつり上がり、広間中央の柱が抜けて大広間が出現するという奇妙な技術も隠されている。この一階の広間は、ちょうど食事会場となっているので、見学してみるとよい。


 大正ルネサンス調の階段を上っていく二階は、客間となっている。中央の四室は、ふすま仕切りながら往時の豪農邸宅の姿を残す。個室がよい方には、六畳の改装客室も三室ある。テレビはないが、館内や隣接する資料館を見学したり、庭園を散歩したり、体がしんから温まるナトリウム塩化物泉の温泉に何度もつかっていると、あっという間に時間は過ぎてゆく。


 宿の裏手には、雄物川が悠々と流れ、冬に採れる「川がに」が名物。春は山菜。夏はアユ。米どころ秋田の地酒が進むこと請け合いである。


 秋田空港や秋田新幹線大曲駅からも遠くない。雪解けの季節、ふきのとうが芽吹く春の東北温泉旅行はいかがだろう。


(2005年4月)


強首樅峰苑


秋田県大仙市強首268
JR奥羽本線「峰吉川駅」より送迎バスで約6分、JR秋田新幹線「大曲駅」より車で約30分、秋田空港より車で約20分。
0187(77)2116
http://www.syohoen.net/






 既成概念にとらわれない旅館の若女将が試行錯誤して造った宿である。

 小学生のころ、妹とのジャンケンに勝って念願の女将となることを決意した。だが、伊香保温泉(群馬県伊香保町)はすでに多くの旅館がある。自分の旅館でもある「松本楼」では、母親が女将をやっている。その中で、個性を出すには、五十八軒がやっていない旅館をと考えた。そして、英国留学経験も生かし、できたのが「ぴのん」。


 団体バスの乗務員用に設計された建物を一人旅や二人旅向けの宿に変更して「洋風旅館」と名付けた。部屋は洋室で、料金はペンション並み。風呂や売店など付帯設備は一切ない。その代わり、滞在中は浴衣に着替え、ちろりん坂を徒歩二分上ったところにある「松本楼」の温泉大浴場や貸切風呂、エステサロンなどを自由に利用できる。

 気軽に滞在できると、連泊し、車で軽井沢周辺に出かけるお客様が多いという。食事は、浴衣姿ではしを使って食べる洋食。お茶わんで提供されるご飯はおかわり自由だ。


 松本楼は、東京の日比谷・松本楼で修行した先祖が、のれん分けで出店した西洋料理店が起源。その後、和食主体の温泉旅館に転業したのだが、若女将は、曽祖父が志したハイカラな料理を、この宿で復活させることを目指している。


 ペンションでも、旅館でもない、洋風旅館。ドイツ式サウナなども作って、気軽に滞在できる宿にしていきたい、と夢は広がる。ジャンケンに負けて医者になった妹が、羽を休めにきてくれることも願っている。


(2005年3月)

洋風旅館ぴのん

群馬県渋川市伊香保町383

JR上越線渋川駅からバスで約25分。
0279(72)3308

http://www.pinon.co.jp/




 京都をじっくり味わうのなら、冬が一番である。


 ふだんは見られない文化財の特別公開がある。湯豆腐がうまい。そして、なかなか予約できない「人気宿」が取れるのも、この時期ならでは、なのだ。


 嵐山の「花のいえ」(京都市)もその一軒。渡月橋もほど近い桂川沿いに位置し、春には中之島の桜、秋には嵯峨野の紅葉の借景が見事で、オンシーズンの予約は「プラチナもの」といわれる。


 今でこそ二階建てに改装されているが、もともとこの宿は、保津川を開さくした江戸初期の豪商、角倉了以の邸宅であった。その後「花乃家」という料亭となり、戦後、現在の所有者である公立学校共済組合の手に渡った。


 現在も、当時の屋敷「關鳩楼(かんきゅうろう)」が、江戸時代を代表する武将であり茶人、小堀遠州作の庭園に残る。狩野派と伝えられる花鳥風月が描かれた杉板戸が迎えてくれる屋敷は、朝食堂として開放されているので、庭園を眺めながら誰もが優雅な朝のひと時を味わえる。


 「学校共済の所有なので先生方が優先されますが、一般のお客様も多いです」「でも、民業圧迫と指摘されてはいけないので、宣伝はできないのです」。作務衣が似合う京都弁の接客係さんが、京野菜や湯豆腐が並ぶ京会席料理を部屋に運びながら、「泊まるなら二月の平日がチャンス」と教えてくれた。


 陰陽師、安倍晴明の墓所がすぐ裏手の路地にさりげなく隠れていたりする。そのせいか、女性グループの姿が目立つ。京都・嵐山の雪景色のなかに隠れるのも、知る人ぞ知る優雅なのであろう。


(2005年2月)


花のいえ


京都府京都市右京区嵯峨天龍寺角倉町9

JR嵯峨野線嵯峨嵐山駅から徒歩7分。
075(861)1545

http://www.hananoie.gr.jp/





 冬は、「湯治」が似合う季節である。


 昔のような長逗留(とうりゅう)もよいが、多忙な現代人は三日も湯治宿でぼーっとすれば、心身ともにリフレッシュでき、忙しさも恋しくなることだろう。


 湯治入門編としておすすめは、肘折(ひじおり)温泉(山形県大蔵村)。日本有数の豪雪地帯にたたずむ県内最後の湯治場で、かつては修験道の聖地「出羽三山」の玄関口として栄えた。その温泉街の中心に、ひときわ目立つ木造三階建ての宿がある。明治元年創業の「丸屋旅館」だ。


 木戸をがらりと開けると、湯治宿らしく外出用のげたと番傘が並ぶ。奥には磨かれた廊下が延び、ほんのりと間接照明が灯る。


 この宿には、三つの楽しみ方がある。まず、障子越しの雪あかりが懐かしい客室での一泊二食(部屋食)。手作りの夕食にはすべて地元産素材が使われ、数々の山菜がおいしい。


 次に、湯治客向けの「半自炊」。素泊まり料金に二百五十円を足して、ご飯とみそ汁、二、三品のおかずだけいただく。足りなければ、共用コンロで自ら作る。食材は朝市で探しても、持参してもよい。最近では、一泊二食のお客さんが、二泊目から半自炊に変えて滞在していくという。


 最後が、グランドハイアット東京と同じレインシャワーのある、モダンな「グランドルーム」での宿泊。「館内の角を曲がれば感動がある」旅館作りを目指す四代目若主人が考案、源泉の引かれたヒノキ風呂も付き、プライベートな旅の隠れ宿としてもぴったりだ。この宿は、温泉宿の楽しみが凝縮された「現代人のアミューズメントスポット」なのである。


(2005年1月)


丸屋旅館


山形県最上郡大蔵村肘折温泉519
JR山形新幹線新庄駅よりバスで約1時間。

0233(76)2021

http://www.naf.co.jp/maruyaryokan/





 さまざまな公共露天風呂番付で、常に「西の横綱」に選ばれる温泉が、中国山地の山間にある。岡山県の湯原温泉(岡山県湯原町)。河原の露天風呂は「砂湯」と呼ばれ、全国の温泉ファンの支持を集める。なぜ、横綱なのか。それは、湯量と泉質にある。


 昨今の日本の温泉は、動力でくみ上げている温泉が多いが、湯原温泉は「自然噴出」である。毎分六トンの湯量を入浴者一人当りに換算すると、家庭用のお風呂で約十三杯分。泉温も常に体温以上の温度があり、沸かす必要もない。泉質は、天然アルカリイオン泉だ。


 ぜいたくな温泉を使う各旅館。その一軒に「花やしき」がある。


 砂湯の近く、温泉の一等地に建つ旅館が、数年前に廃業。温泉旅館の灯を消してはならぬと、おなじ地区の双葉荘が買い取り、運営を始めた。新しい経営者として白羽の矢が立ったのが、当時米国に留学中の双葉荘の娘さん。現在、二十七歳の女将として、宿を切り盛りする。


 彼女が日本に戻り、まっさきに感じたのは、旅館の料金。「なぜ季節・曜日や人数でこんなにも値段が違うのだろう」。そして、実践したのが、いつでも一泊二食で一万五百円という明確な価格体系だ。


 建物は築四十年と古いが、「健康サンダルでも気軽に訪れることができる」旅館を目指す。売り物は、既製品を一切使わない料理。部屋出しにせず、食堂で提供することでコストを抑え、少しでもおいしいものを、と心がけている。


 日本の温泉宿は、新しい世代が再生する。その先がけとなる旅館の一軒が、西の名湯にある。


(2004年12月)


花やしき


岡山県真庭市湯原町湯本21

JR姫新線中国勝山駅よりバスで約35分。
0867(62)3341

http://www.yuyamajyo.co.jp/hana/





 世界最北端のサンゴ礁がある島をご存じだろうか。


 それは、むかし「鬼がすむ」と言い伝えられた断がいに囲まれる島「壱岐」(長崎県壱岐市)のこと。絶壁の間で、白い砂浜とマリンブルーの海が南国の絵はがきのような光景を造りだしている。


 博多港からジェットフォイルで一時間の島には、岩盤深くしみこんだ海水が長い時間をかけてわき出た「湯ノ本温泉」がある。この効能豊かな湯を求め、島の人たちが通う宿の一軒が「千石荘」だ。


 屋号は、昔、米を運ぶ千石船を所有していたことにちなんだ。レンガ造りの米蔵は現在、茶褐色の源泉が満たされた温泉浴場に衣替えしている。


 壱岐出身の若き三代目夫婦が切り盛りする小さな宿は、郷土料理が自慢。大切なお客様をお通ししてもてなす際に出される「ひきとおし」と呼ばれる地鶏の鍋、朝鮮おこわ、島豆腐など、壱岐ならではの献立が並ぶ。


 もちろん、新鮮な魚介にはこと欠かず、鉢盛り、舟盛りになって提供される。夏はウニが有名だが、冬には脂がのったアラ鍋も用意できる。壱岐は麦焼酎発祥の地でもあり、宿には、独自の製法を守る島の蔵元の全銘柄がそろう。


 客室は、六畳のかわいらしい部屋が七室。小さいがゆえに団体は受け付けられない。夫婦で、一人旅で、のんびりと脱日常を目指すにはよい宿である。


 現在、壱岐の宿では「おもてなしの宿づくり事業」を推進中。島の人情が染み出る温かいもてなしの心に触れに行ってみたい。若女将は、小学校の図工の先生だった。もてなしにと作った絵入りの献立表が好評だ。


(2004年11月)


千石荘


長崎県壱岐市勝本町湯本浦58
博多港よりジェットフォイルで約1時間。郷の浦港より

0920(43)0004

http://www.sengokuso.com/





 湯にホウ酸が含まれ、目に効くから「目之湯」。


 わかりやすい命名の温泉宿は、江戸中期の創業で230年の歴史を誇る木造宿。明治期には母屋で養蚕業も営み、種繭を求める旅人で賑わったという。現在でも創業期の玄関や明治期の母屋がそのまま残り、客を迎えてくれる。


 宿があるのは、日本アルプスを望む長野県松本市の浅間温泉。道路沿いの鉄筋旅館に隠れるように、温泉街の奥まった一角に佇んでいる。裏手には古墳の緑があふれ、一帯は静寂そのもの。「バッハの名曲がふさわしい宿」と称される。


 目之湯の自慢は、こんこんと湧き出でる温泉。53度の源泉が、蛇口に注がれるときに47度になり、湯船ではちょうどよい湯加減の41度になる。何も足さない源泉を守る数少ない宿だ。そのため、多くの宿泊客を受け入れることはできず、稼動させているのは6室のみ。それでも、空いている平日には一人旅でも受け入れてくれるという(料金は応相談)。温泉好きにはたまらない宿である。


 もうひとつの自慢は、ご主人が心を込めて打つ「温泉そば」。石臼挽きの最上級信州産そば粉を使い、温泉の湯で茹で上げる。本わさびをつけていただく手打ちそばは、夕食の全てのお膳に並ぶ。


 宿の設えは、手洗いなどを修繕しているものの、大正皇后のご行幸を授かった時代のまま。近代的な旅館のような空調・防音を求める向きには適さないが、濃い湯に浸かり、露天風呂で風に吹かれ、「頭の中をからっぽ」にしに行くには好適の宿である。


(2004年10月)


目の湯


長野県松本市浅間温泉1-37-5
JR篠ノ井線松本駅からバスで約20分。

0263(46)0255

http://www.mcci.or.jp/www/menoyu/