おはようございます。
今回はみなさんのおかげで50回目の投稿ができました。
ありがとうございます。
でも、最近体調を崩し、ブログを続けるのがむずかしくなりました。
しばらくは静養して、みなさんのブログを読むことだけに専念します。
今回は、60代で亡くなった父のお話です
私が小学生のとき、不景気で父の勤めていた会社が倒産しました。
父が営業所の責任者だったせいか、私の家には怖い人たちが
たくさん押し寄せてきて、大声で怒鳴ったりドアをたたいたりしました。
そんな日が続くので、私たち家族は怖くて親戚の家に避難した記憶があります。
それまでは普通の家庭でしたが、その時を境に貧乏生活が始まりました。
勤めていた会社が建設会社だったので、多くの取引先があり、
その関係から父は土木関係の自営業を始めましたが、
収入は常に不安定でした。
父は仕事の資金繰りでとても苦労していたようで、お金がない時は
親戚を回って資金を工面し、眠れない夜もあったようです。
辛かったことは、お金がなくて給食費が払えなかったこと、
小学校の参観日に来る母親の洋服が、着飾ったよそのお母さんと違って
よれよれの普段着で、恥ずかしくて自分の母親だと知られたくなかったことです。
仕事で泥だらけになった作業服で家に帰る父を見た近所の子は、私のことを
「土方の息子だ」とバカにしました。
父親が家族のために汗水たらして働いているのを知っていたので、
私は何を言われても平気でした。
でも、世間の人が、父のことをそんな目で見ているのかと思うと、
私は不憫で仕方がありませんでした。
でも父は立派でした。
いくら貧しくても、正直で人に喜んでもらえる仕事を続ければ、
きっと将来幸せになれるといつも言っていました。
私はその言葉にいつも希望を感じていました。
父は、いくら貧しくても「愛があれば生きていける」
と私に教えてくれました。
家族みんなで心をひとつにして、節約して貧乏な生活を耐えました。
そんな生活の中で、物のありがたさや大切さが十分わかりました。
今振り返ると、物がなんでも手に入る今の時代より、
貧乏で質素な生活でしたが、みんなで助け合った当時のほうが、
ずっと幸せだったと思います。
ある時父は、息子にはまだまだ負けるはずはないと思ったのか、力試しに
「腕相撲をしないか」と私に声をかけました。
私は建設現場で鍛えられた父に、それまで一度も勝ったことはありませんでした。
私は右手に力を入れ体を傾け、思い切り父の手を押さえました。
しばらくはいい勝負だったのですが、歳のせいか、だんだん父の力が抜けて
いくのがわかりました。
ここで一気に力を入れれば、生まれて初めて父に勝てると思いました。
でも、私にはできませんでした。
力の衰えた父の様子が悲しくなり、涙が出そうになりました。
私は力が抜け、今までのように父が勝ちました。
私はそれまで父の背中を見て育ちました。
それまでの父の生き様を思うと、父に勝ってはいけないと思ったのです。
私にとって父は、いつまでも追い越してはいけない偉大な人なんです。
その数か月後、父はクモ膜下出血で病院にはこばれましたが、
治療の甲斐もなく帰らぬ人となりました。
私は天国にいる父に感謝するとともに、あの時父に勝たなかったことが
本当によかったと思います。
父は今でも、私の心の中で強く、そしてたくましく生きています。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。