感情のフタ | レット症候群患児の記録と母の戯言

レット症候群患児の記録と母の戯言

マイナーな病気、レット症候群。進行性の神経の病気。何も出来ない娘、そして私。1才程度が成長のピークだった娘の記憶と記録。


怒りは「感情の蓋」という話があるそうです。


怒りの下には別の感情が隠れている。

悲しみや苦しみ、孤独感、混乱といった感情が渦巻いている。






怒りは基本他者への攻撃。

自分に留めるのがツラい感情を外へ発散させるために、ツラい感情を怒りへとすり替える。

一時でも。

少しでも。

ラクになる。

自分の感情に向き合わなくていいから。



かな…。






でもすり替えただけ。

だからどれだけ怒ったところで…何も変わらない。
解決することは何もない。

あ、変わるか。
周りの目は変わるね。

関わるな、って風に。







…でも、怒りたくなる理不尽なことってある。

大いなる理不尽。



全ての万人に必ずいつか訪れるものなんだと今は思っている。
時期が違うだけで万人に必ず起きる。
必ず。

その時に初めて理不尽に嘆き怒る。


でもそれはたくさんの人が等しく通ってきた道。






お互いさま、ってならないかな。

人の怒りを分からん、って切り捨てるんじゃなくて理解しようとその人の心を想像することは出来ないもんかな。

誰にもいつか必ず起きるんだからさ…。





持っている人ほど冷たい。
それに気付くこともない。






健常者も、犯罪者も認知症の人も病気の人も障害者もみんな同じ。

怒りに見えるその下には本当の感情がある。


それは等しく同じなんじゃないかなと思う。





1人では抱えきれない感情を持った時それは怒りへとすり替わる。
怒りは衝動。
人を自分を何かを傷付けたくなる。




なかなか抜け出せないよ。

…抜け出せても1人じゃ時間がかかるよ。



周りに理解者がいればなぁ。

1人でも寄り添う人がいればなぁ。

人を1番蝕む感情って、孤独じゃないかと思う。





人って何のためにコミュニティ作るんだろ。

寄り添って助け合うため、ではないのかな?


似たモノで集まって、違うモノは叩き出すために集っているのかな…?

臭いものにはフタ社会。

違いを恐れ認めない人が集まる社会。


いつか自分が叩き出されるのにね。









一方で見ず知らずの他人だった人間に、寄り添って手を差し伸べる人間ている。
面倒事かえりみずに。
面倒恐れずに。


どんな思考回路してるんだろ?とかえって不思議に思える。


この人達、してあげる思考、じゃないように感じる。
やりたいようにやる、なんだよね。

そんな人達に出会えた私の幸運。



この新たな出会いなかったら私も犯罪者かも。
過去形で言い切れないのは私の弱さ。






人を1番蝕む感情ってやっぱり孤独感だと思う。

何が悪い、自分の何が悪い、責めて責めて責め続けてそれがいつしか怒りへと変わっていく。

…なんかその心情、簡単に想像できてしまうなぁ。








なんで人間てこんな風にできてんだろ。

怒りの感情も怒りをぶつけられて不快に感じる感情もなんであるのかな?


人間て幸せなのかな。


ユキにはこんな感情、あるのかな…。







心を整理するために書いたとりとめのない文です。
支離滅裂。
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