OT・作業療法② | レット症候群患児の記録と母の戯言

レット症候群患児の記録と母の戯言

マイナーな病気、レット症候群。進行性の神経の病気。何も出来ない娘、そして私。1才程度が成長のピークだった娘の記憶と記録。

レットには理学療法が有効と言われています。

理学療法は粗大運動のフォローが目的、と理解しています。
これはまた追い追い。


作業療法も同様に効果あり、とされています。

繰り返しになりますが、作業療法は理学療法よりも細かい動きをフォローします。


ただ、低年齢の子供に対しては理学も作業もやることは変わらない、らしいです。



公的施設でのリハビリ。

1才3ヶ月開始。

50分の作業療法コースです。


開始時から1才5ヶ月までの2ヶ月間、人見知りが酷く、目的は担当の先生に慣れるコト(´Д` )

…退行が出始めた1才5ヶ月で人見知りは消え去ったのだけど。


人見知りの激しさは半端ではなく、広いリハビリルームに1人でも人がいようもんなら、降ろされまい!とばかりにしがみつき、何も見ないように顔をうずめる。

ムリに床に降ろせば泣き喚く。


誰もアンタなんか見ちゃいない!


毎回そう思っていました。

皆さん意識してユキを見ないようにしてたし…(-_-)


部屋に人がいるだけでこの状態なワケだから、担当の作業療法士さんも受け付けるワケはなく。

初対面時は近くにいることは許したけれど、回を重ねる毎に拒絶。

離れていても目が合うだけで泣き喚く(´Д` )

リハビリするためのテーブルに同席すら出来ない状態(´Д` )

50分間、作業療法士さんは遠くからユキと目が合わないようにしながらチラチラ観察するだけ。

私は抱っこでユキを宥め、たくさんあるオモチャで少しでも気を引こうとアクセクするばかり。

ユキは周りを警戒しつつ、時々紐やチェーンに手を伸ばすだけ。
光るオモチャ、音の鳴るオモチャ等普通のオモチャには目もくれませんでした。
回すだけの単純なモノには多少興味を示していたなぁ…。



そうして長い50分がボンヤリ過ぎ、クタクタになって帰路につく、というパターン。

とりあえず、作業療法士さんにありがとうございました、と言って帰るんだけど…それすら苦痛でした。

私は何のために…。

…それが2ヶ月続く…。


療育すればユキの発達は刺激されて軌道に乗るかもしれない、と淡いながらも期待を持っていた私。

この状態はかーなーり辛かったT_T

人見知りさえなくなれば、そう思いつめていました。





それが1才5ヶ月になった頃、人見知りがいきなり緩みました。

作業療法士さんが同じテーブルについても泣かなくなり、この先生限定で短時間の抱っこも大丈夫なように。

私から離れても少しなら泣かなくなりました。


…やっとまともな療育に入れる、本当にホッとしました…。


療育開始からの目標は、とにかく家族以外の人に慣れるコト。
そして、何かを興味あるモノ、コトを見つけること。

今考えると雲を掴むようなコトですが、立ち、歩けるようにするコト。




明らかな退行が始まるまで約1ヶ月間。

僅かな期間でしたが、僅かにリハビリを行うことができました。


この頃は自力で腰より少し高い台につかまり立ちが出来ました。
少しですが、ハイハイで移動出来ました。(この頃はズリ這い移動はしなくなっていた。)


つかまり立ちをさせ、普通であれば遊びたいと思うであろうオモチャを並べて、ユキの手が少しでもでるよう計らいました。

ハイハイ移動が少しでも長くなるよう、モノで釣る作戦。

階段を登る練習もしました。




この頃はまだ

周りは怖い、私は好き…というか安全

という認識が多少あったようなので、オモチャ等モノではあまり釣られなかったものの、私に向かって移動したので、ある程度のリハビリにはなっていた気がします。

今にして思えば、です。



この頃は私の精神状態は荒れに荒れていました。
(ついでなんで、近々記事にこの頃の私の様子をアップしちゃいます。とことん暗いんで、どんよりしたくない人はスルーして下さい^^;)




それから程なく、人見知りが消えました。




果てしなく長くなりそうなんで、次回にまわしまーす^^;